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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ダークネス-紅-

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第17回 オーダーオレンジ


 疲労感を背負いながら紅葉は身支度を済ませ、学校に行くためにいつもの待ち合わせ場所に向かった。
 いつもなら太陽のような笑顔が出迎えてくれるのに、待ち合わせの場所にはつかさの姿がなかった。
 心配になってつかさのケータイに連絡を取ろうとするが、全く繋がらない。
 マンションに戻ってつかさの部屋に行ったが、いくら玄関チャイムを鳴らしても反応はなかった。不安が過ぎるがこんなことで、いちいち管理人に連絡して部屋の中を調べてもらうわけにもいなかない。
 疲労感が倦怠感に変わり、心身ともに重く紅葉に圧し掛かる。
 学校についてクラスを見回すが、やはりつかさの姿はない。それどころか雅の姿もなかった。
 昨日の雅の様子は明らかに可笑しかった。
 そういえば、つかさと雅の自宅を訪ねたとき、つかさの様子がいつもと違ったような気がした。特に帰り道では、つかさは難しい顔をして歩いていて、話しかけることに紅葉は躊躇してしまった。
 一時間目の授業がはじまっても、紅葉は授業に集中することができずにいた。
 つかさがどこかへ行ってしまったこと、雅が今日も学校に来てないこと、昨晩の公園での出来事。つかさの行方は別として、雅のことと公園での出来事は繋がりがありそうだ。
 雅からの電話であの公園へ駆けつけた。
 自分を襲ったあの男に雅がなにかをされたのだと紅葉は考えた。そう、紅葉はあの電話が雅の演技だったことに気づいていないのだ。共犯者の雅を被害者だと思い込んでいるのだ。
 紅葉は知らなかった。彼女の知らないところで、多くのことが起こっていたことを知らなかった。
 事件は複雑に蜘蛛の巣のように絡み合い、紅葉はそこに捉えられてしまった獲物なのだ。
 授業で使っているノートパソコンに自動的に書かれていく授業内容。流れていく文字の羅列を眺めながら、今日も早退をしようか迷っていた紅葉に転機が訪れた。
 スカートのポケットでケータイが震えているのに気づき、紅葉はそっとケータイをノートパソコンの蓋で隠しながら見た。
 ――紫苑からのメール。
 内容は重要な話があるというだけで、具体的な内容には触れられていなかった。加えて学校が終わる時間に、正門前にアリスを向かわせると書かれていた。
 その後も紅葉は授業に集中することができず、いつも以上に長く感じた学校がやっと終わった。
 放課後になり紅葉は足早に正門に向かった。
 メイド服を着たアリスの姿は少し浮いていた。マドウ区やホウジュ区などでは、よく見る格好だが、住宅地区であるカミハラ区では少し浮いた格好だ。
「お待ちしておりました、紅葉様」
 無表情でアリスは一礼した。合わせても紅葉もお辞儀をした。
「お久しぶりです」
 紅葉とアリスは互いに面識のある仲だった。
 姉妹が紫苑に拾われたあと、紅葉は住む場所を与えられ、今の女子高に通わされることになった。それまでろくな生活をしてこなかった紅葉の生活サポートをして、紫苑との連絡役を務め、なにかと紅葉の身の回りの世話をしてきたのはアリスだった。
 最近では紅葉も今の生活に慣れ、アリスと顔を合わせる機会も少なくなっていた。
「別の場所に移動いたしましょう」
 アリスに促され、紅葉は少し歩いた場所にあるファミレスに連れて行かれた。
 駅前から続く大通りに面したファミレス。今の時間の客の入りはまあまあだ。これから少しずつ混雑してくる。
 二人掛けのテーブルに着き、飲み物を?二人分?注文した。
 紅葉がオレンジジュースを注文して、アリスは『オレンジ』と言いかけてアイスコーヒーを頼んだ。
 アリスは口にくわえていたストローを離し、グラスをテーブルに置いて咳払いをした。
「んっ……久しぶりに飲みました」
 その意味を紅葉は知らなかった。紅葉はアリスがヒトではないと聞かされていないのだ。アリスのいう久しぶりとは、久しぶりに食物を口に入れたという意味だった。
 アンドロイドが食物を摂取する技術はまだ開発されていない。それを開発しようとする者も少ないだろう。開発する側の人間にとっては意味のないことだからだ。いちいち食物からエネルギーを得るのは効率的とは言えない。
 しかし、アンドロイドとは違う別のモノを創造しようと思うならば、人間のように食物を食べることに意味が生まれる。
 ――完全な生命の創造。
 これまで多くの魔導師や科学者が挑戦してきた夢。特にヒトの創造を夢見たものは多い。
 錬金術師パラケルススのホムンクルス、フラケンシュタイン博士のフランケンシュタインモンスター、エトセトラ……エトセトラ……。
 なにをもってヒトとするか、外見か、魂か、全身サイボーグ手術を受けた人間はヒトか、仮面に魂を宿したモノはヒトと呼べるか?
 アリスはヒトとしての大きな要素を胸に持っている。
 しかし、今、紅葉に見せるアリスの表情は無表情であった。
「では、順を追ってお話しいたします」
 淡々とした口調のアリス。まるで機械のようだ。
 紅葉はなにも口を挟まずアリスの話を聴くことにした。
「まず紫苑様はお忙しいため、わたくしが出向いてまいりました」
 紅葉は紫苑が秋葉蘭魔との戦いで破壊されたことを知らない。忙しいというのも方便で、愁斗は負傷して思うように活動することができないのだ。
「次に要点でございますが、紅葉様が通う神原女学園の生徒である近藤香織、猪原由佳、武田朱美が殺害された件につきまして、草薙雅がなんらかの理由でかかわっていると思われます」
「本当に?」
 声を潜めて紅葉は少し驚いた。
 紅葉は店内を軽く見回して同じ学校の生徒がいないことを確認した。
 もしかしたら雅がなにか知っているのではないかと、紅葉は勘を働かせていたが、その考えが現実味を帯びてきた。
 アリスが話を続ける。
「決定的な物証はございませんが、雅の兄と母が別々に三人を殺したようでございます。わたくしの捜査でわかったことでございますが、?今後?に紅葉様が雅の兄に命を狙われる可能性がございます。本日はその忠告をするためにお時間を作っていただいた次第でございます」
 淡々とした表情をアリスは崩さなかった。それに比べて、紅葉は恐怖を隠しきれずにいた。
 アリスは知っていた――昨晩、紅葉になにがあったのか。
 恐怖している紅葉の表情を見たアリスは一瞬、顔を艶笑させ、すぐに表情を戻しながらアイスコーヒーに口をつけた。
 グラスを置いてアリスは無表情で話を続ける。
「草薙雅、兄、母の三人で住んでいたと思われるマンションは数時間前にわたくしが訪問いたしましたが、留守のようでございました」
 アリスは昨晩の一件の後、改めてあのマンションへ調査に行ったのだ。
 紅葉は話を聴いているうちに、酷く渇いてしまった喉へ、オレンジジュースを流し込んだ。
 そして、落ち着きを取り戻した紅葉はアリスの瞳を見つめる。
「話は他に?」
「他にはございません」
「紫苑さんはなぜこの事件に?」
「他の事件を追っている過程で、草薙雅の母と思われる人物に遭遇したからでございます。その事件についての詳細につきましては、お答えすることはできません」
「わかりました、ありがとう」