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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ダークネス-紅-

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第2回 ささやかな想い


 太陽が燦然と輝くある年の夏――世界は変わった。
 突如として起きた聖戦の果てに東京は死都と化し、首都は東京から霊的磁場の強い京都へと移された。
 人智を超えた?存在?が繰り広げる戦いを見た人々は、その戦いの意味を理解できず、終戦後もなにが戦っていたのか、わからずじまいだった。
 戦いの最中、ある者は天使を見た、ある者は悪魔を見たと云い、終結のときに救世主が現れたという意見では一致が見られている。
 しかしながら、多く残された謎は謎のままであり、どちらの?存在?が勝利を治めたのかすらわかっていない。真相を解き明かそうとする歴史学者は今も熱い激論を交している。
 この聖戦と呼ばれる戦いの終戦と同時期、関東には女帝と名乗る者が巨大都市を築いた――それが帝都エデンだ。
 女帝こそが聖戦の救世主だと云われるが、どちらに属していた?存在?なのか、それともまた別の?存在?なのか、女帝の周りには謎が取り巻いている。
 謎が多い指導者の下でも、都市は発展した。それは女帝の絶対的な力と、彼女がもたらした?魔導?のためだ。
 帝都エデンは世界政府に反対されながらも独立国家を名乗り、魔導の力がもたらした恩恵は科学との融合により、帝都エデンを発展させた。
 眠らぬ大都市ホウジュ区はアンダーグラウンドの巣窟であり、リニアモーターカーが停まるギガステーションホウジュがあることから観光客の足も途絶えない。
 喧騒に満ち溢れたホウジュ区に隣接しているのが、住宅都市であるカミハラ区だ。
 カミハラ区にある帝都随一の大病院、そのほど近くにある神原(かみはら)女学園高等学校。
 学園の鐘が鳴り響き、放課後の喧噪がやってくる。
 紅葉は学園の聖堂にいた。
 円形の大きな薔薇窓から光が差し込み、聖母像の前で跪く紅葉の顔を優しく照らす。
 陽に照らされる紅葉の顔は才色兼備であり、肌理も細やかに白く美しい。その?傷痕一つない?端整な顔立ちは、まるで神による造形のようであった。
 優しい陽の光は暖かい。
 しかし、この場所にあるのは救いの暖かさではなく、静寂の寂しさと、冷たい空気の重さ。懺悔をする紅葉の心は暗い闇に呑み込まれそうだった。
「もーみじっ!」
 明るい女の子の声で世界は一転した。
 名を呼ばれながら後ろから抱きつかれ、紅葉はいつものように少し顔を赤らめながら笑顔で振り向く。
 紅葉の肩には友人であるつかさのニコニコ顔があった。
 この女子高ではじめてできた友達。
 ショートカットでボーイッシュな雰囲気のつかさは性格も活発で、転校してきた紅葉に最初に声をかけたのもつかさだった。それ以来、つかさと紅葉は一緒に過ごす時間が多くなったのだ。
 そして毎日、放課後に紅葉がこの場所に通っていることを知っているのは、つかさただひとりだった。
「ねぇねぇ、早く帰ろ」
「うん、ごめんね、いつも待たせちゃって」
「別に気にしなくていいってば! ウチが勝手に待ってるだけだしさ」
「うん」
 元気よくしゃべるつかさに、紅葉は大人しく小さな声で返事をしてうなずいた。
 いつも儚げで大人しい紅葉だが、ここにいるときはいつも以上に元気がない。そんな紅葉の手を引いて、この場所から連れ出すのはつかさの日課だった。
 つかさの手がそっと紅葉の手に乗せられる。すると紅葉の体温がほんのりと上がった。
「……つかさ?」
 いつもなら強引に紅葉を外に連れ出すつかさだが、今日はいつもと少し違った。
 太陽のように眩しく笑うつかさ。
「紅葉が懺悔をしなくていい日が早く来ればいいのにね」
「……うん」
 そこにある笑顔を見ていると救われる。
 聖堂で懺悔をしているときに、つかさに声をかけてもらう。あの瞬間に少しだけ罪から解き放たれた気になれる。けれど、本当にそれで罪が贖えたわけじゃない。心が晴れることはなく、罪の重圧だけが増しいくのだ。
 罪を重ね続ける限り、この重圧は紅葉の心を蝕んでいく。
 手が鮮やかな罪色に染まり、手を洗っても洗っても穢れは拭えない。罪の侵食は身体の奥深くまで達し、心が闇に蝕まれていく。
 ――?姉?は言う、復讐を果たすまで終わらない。
 ――妹は言う、わたしは嫌。
 妹のためならば命すら捨てる姉。けれど、事に復讐となれば、?姉?は嫌がる妹の意見を聞き入れることはなかった。それが妹のためにもなることだと信じて疑わないからだ。
「紅葉?」
「んっ?」
 自分を呼ぶ声によって、紅葉は現実世界に引き戻された。
 そこには心配そうな顔をして紅葉を覗き込むつかさの姿があった。
「どうしたの、いつもより深刻な顔してたけど?」
「うん、なんでもないの、気にしないで……」
 相手を気遣いではなく、触れられたくない秘密を隠してしまいたかった。
「紅葉がそんな顔してると気にするに決まってるじゃん」
「大丈夫、大丈夫だからねっ?」
 紅葉はにこやかな顔でつかさに笑いかけた。心の奥を笑顔で隠してしまう。いつも笑顔でいれば、周りを心配させずに済む。全て笑顔で隠してしまえばいい。
「そっか、ちょっと心配したけど、紅葉の笑顔見て安心した」
「うんうん、つかさのおかげ」
「ウチの?」
「つかさがわたしの傍で、いつも笑いかけてくれるから」
「あははは、なんかそんなこと言われると照れるよー」
 髪の毛を弄びながら照れ笑いを浮かべるつかさの手を、紅葉の両手が優しく包み込んだ。
「ありがとう、本当にありがとうつかさ」
「そんな何度もお礼言わなくていいよ。なんで言われてるかもわかんなし」
「うん、でも、言いたかったの。つかさは大切な人だから、ずっと傍にいて欲しいから」
「ウチも紅葉のこと大切だよ。紅葉のこと大好きだもん」
 この言葉を聞いた紅葉の身体は体温を上昇させ、血流が激しく流れ出し、顔をほんのりと桜色に染めた。
 少し真顔になったつかさの顔が、迫るようにして紅葉の顔に近寄った。
「紅葉って本当にキレイな顔してるよね」
 恋人に囁くような声を聴いて、紅葉は耳までも真っ赤にした。これ以上、近づかれたら心臓の鼓動も聴かれてしまうかもしれない。
 息を呑んだ紅葉の瞳をつかさの瞳が見つめている。どこまでも澄んだつかさの瞳は魔力がこもっているようで、その瞳で見つめられていると勘違いしそうになる。
 不思議な胸の感情に紅葉は戸惑った。
 つかさの指先が赤みを差す紅葉の頬にそっと触れた。
「嫌、駄目っ!」
 声をあげた紅葉は、自分の頬に触れていたつかさの手を激しく振り払い、怯えるようにして一歩後ろに下がった。
 そんな紅葉を見て、つかさがすぐに取り繕う。
「あっ、そうか、ごめん。本当にごめん。紅葉って顔に触られるの嫌いだったよね」
「いいの、悪気があったわけじゃないでしょ?」
 顔を触られるのが嫌い。
 紅葉は顔に触られることを極端に嫌悪して、自分ですら顔に触れない。その徹底した異常なまでの嫌がり方から、最初はからかわれたりもした。けれど、紅葉があまりにも嫌がり、時には泣き出してしまうことから、周りの友達たちも今では気を遣ってくれていた。
「ごめん紅葉。紅葉がキレイな顔をしてるから、ちょい気がかりなことがあっただけ」
「なに?」