夕焼けサンセット
おれはぼうやりと帰り道を歩きながら、先ほど告げられた別れの言葉を思い出していた。その言葉はふるえていて、触れたらガラス細工のように粉々に砕け散ってしまいそうなほど繊細だった。
だから触れられなかった。いやだとも言えなかった。どうしてなんて言おうものならあらゆるものがくずおれて、取り返しがつかなくなってしまうのだと、わかった。
雲一つない空は徐々に暗くなってゆき、街灯で照らされる影を濃くさせる。おれは立ち止まって、口をあけたまま空を仰いだ。こんなふうに、さっきも空を見た。
だけど、そのときと今じゃあ、何もかもが違う。
――君が差し出した手に触れられたら。
西日がきつく、おれの目を焼いた。
眩しくて涙が滲んだ。
「かーらーすーがなーいーたーらー、かーえーりーまあしょー」
前から歩いてくる小学生が、外した音で歌っている。
こんな風に、無邪気になれたらよかった。無邪気になって、彼女にいろんなこと聞けばよかった。無邪気になって、どうして、と聞ければよかった。――無邪気になって、彼女を存分に傷付ければよかった。
傷付ければ、少しはこの胸もすっとするかもしれないのに。
立ち止まったまま、おれは唇をかみしめた。血が滲むのがわかった。じわ、と浸食する鉄の味が、ひどく現実的だった。
空は吹き抜けるほどに晴天で、いっそ雨でも雪でもなんでも降ってくれれば少しはよかったのに。と、そう思えるほどにはひどく心が痛んでいた。
穴がぽっかりあいたような、何か大事なものを手放してしまったような。
「かーらーすぅー、なぜなくのー?」
小学生がおれの横を通り過ぎてゆく。
おれはそこではじめて、離してしまった指先を思った。
彼女の細い指先。
別れようと言ったその瞬間に零れた涙の温度さえ。
ああ――。
おれは空を見上げ、顔を覆って泣いた。
「………からすのかってでしょぉー…」
遠くで、あの小学生の音程の外れた歌が響いた。
ああ、あの瞬間。
わずかな哀愁に絡め取られて、指が解けなければ。
なければ――。