青春って!
幽霊歴25年、この高校の屋上から飛び降り自殺(原因はどうしても思い出せない)をした俺は、気付いたら廊下にぼうっと立っていた。横を通り抜ける者はたまた自分を通り抜ける者を何となく眺めている内に「ああ自分は死んだのだ」と理解し、今に至るのである。
自分の死を理解しているし受け入れてもいるのだから地縛霊ではないのだが、基本的に俺の行動範囲はこの高校の敷地のみ。そこからは出られない。同じくこの高校で死亡したと思われるセーラー服着用の先輩幽霊菊子さん(100年ぐらい幽霊を続けているベテランだ)曰く「私にも出られないのだからよく分からん」らしい。菊子さんが分からないなら俺に分かる筈もないと、その辺については当に考えるのをやめている。
さて、幽霊生活を送っていると、普段は全くと言っていいほど何もすることがない。初めは高校3年間を人間と一緒に学んでみたりもしたが5周(生前も含めれば6周か?)したところで飽きた。おかげで某T大も楽勝なぐらい頭が良くなったりもしたが悲しい哉、幽霊の俺には意味がない。
もちろん女子の更衣室を覗いたりもした。菊子さんに白い目で見られたが構わない、覗きはいつだって男のロマンだ。それに菊子さんも学校でヤっちゃってる男女を見かければ(稀に同性同士もいる)実況を始めるのでおあいこといえばおあいこだ。
それぐらい幽霊というのは暇を持て余した存在である。
しかし最近、そんな俺にも退屈を紛らわしてくれるものができた。
「やっほー喜嶋!」
「帰れ。」
何を隠そう、この高校の生徒会長喜嶋様である。彼は霊感が強いのかどうなのか、俺の姿のみをはっきり視ることが出来る。菊子さんのことは見えないらしく「セーラー服来たすっげえ巨乳の姉ちゃんだよ」と教えたら少し残念そうにしていた。だがしかし、菊子さんは貧乳だ。いやまあそこは別に良いとして。
そんな喜嶋はこの歴史あるボロっちい高校の生徒会長の中ではめずらしくイケメンで人望もそれなりにある。人間には愛想が良いのに幽霊である俺には冷たく当たるのが頂けないが、面白い奴なので気に入っている。
喜嶋が俺に冷たく当たるのは、生徒総会やら集会やら全校生徒での集まりで喜嶋が挨拶をし始める度俺が「L・O・V・E、きーじーま!きゃー喜嶋サンカッコイイー!イカしてるぅー!抱いてー!」などと静まりかえった体育館や校庭で叫びまくり悉く邪魔をするからだ。幽霊だからこそ出来る技である。
一度スピーチ中の喜嶋の耳元で叫んだらその後かなり怒られたのでそれはさすがに自粛した。ちなみに菊子さんは俺らのやり取りをみて大爆笑である。いいぞもっとやれ、そんな感じ。
「仕事?仕事?生徒会長は大変だねえ。」
喜嶋以外は全員帰った生徒会室で、1人きりになった喜嶋に話しかける。喜嶋は煩わしい者をみるようにちらりと視線を寄越すと、俺を無視して作業に没頭してしまった。
つまらん、つまらんぞ喜嶋。
俺は喜嶋の作業している机からにゅっと顔を出すとこう歌った。
「じーまじーまじま喜嶋の子ー。」
「うっせえよお前マジどっか行け邪魔すんな。」
ガン、とボールペンが俺の額を通って机に突き刺さる。
「残念でしたー幽霊なんで痛くも痒くもありませーん。」
「うぜえマジぶっ殺してえ。」
「もう死んでまーす。」
喜嶋はちっ、と舌打ちすると俺の顔を避けるようにして作業を再開した。そういう仕事に真面目なところも好感度アップだ、喜嶋。
けれどそろそろ、君ともおさらばする時期が来てしまう。
「ねえねえ喜嶋君。」
一向にこちらを見ない喜嶋を気にせず話し掛ける。
「君はもう少しで任期を終え、これからは受験一直線ですね。」
「さすがの僕も受験生を邪魔することはしないからこれからは関わる機会はぐっと減ることでしょう。」
「嬉しい?嬉しいよねえ、君は俺のことあんまり好きじゃなかったっぽいし。」
「でも俺は君と話すことが出来て、久しぶりに人間と関わることが出来て、幸せだったよ。」
「それに面白いから、君自身のことも好きだし。」
長い独り言が終わり、ぽつり、嗚呼寂しくなるなあと呟く。喜嶋は作業していた手を止め、俺の方を振り向いた。
「おい、馬鹿。」
「え、馬鹿って俺?」
「お前以外に誰がいんだよ、ってそれはいい。」
喜嶋はため息を吐き、続けた。
「確かにお前はいつも俺の邪魔ばっかするしウザイと思ってるが、別に……嫌いじゃ、ない。」
「……へえ?」
最後の部分は恥ずかしそうにぼそっと言った。俺がニヤけたのをみて喜嶋は思い切り顔を逸らす。
「……それにお前、勉強は出来んだろ?」
「まあね。伊達に高校生5周してませんよ。」
そうか、と頷いたきり喜嶋は下を向いてしまった。どうしたのだろうかと俺は顔を覗き込むといきなり現れた俺の顔にぎょっとした喜嶋は驚いて飛びのいた。自分の行動に恥ずかしさを感じたのか、頬を若干赤く染めると睨むように俺をみる。
「……じゃあ、勉強教えろ。」
「はい?」
俺は一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと疑う。しかしそれは勘違いだと、喜嶋の目をみて思った。
「っだから!勉強教えろって言ってんだよ、馬鹿!」
喜嶋は叫ぶようにそう言うと自分の鞄を引っつかみ出て行ってしまった。青春だねえ、いつのまに見ていたのか、からかうように菊子さんが通り過ぎ、云った。
「……青春…?」
未だ片付いてない書類だとか、散らばったままの作業机だとか。柄にもないことを云う羞恥心から赤く染まった頬とか。さっきまでの喜嶋を思い出し、何故か俺まで頬が赤くなってしまった。いや幽霊だけどね、何となくそんな感じになったのだ。
そして。
──くそ馬鹿喜嶋、俺はスパルタだからな、覚悟しておけよ!
昇降口から校門まで突っ切るように走り去る喜嶋に向け、俺は笑顔でそう叫んだのだった。
fin.