誘拐犯
ガキは服の袖でゴシゴシと顔を擦ると、右の握り拳を俺の目の前に突き付けてきた。なにか握っている。
それは赤い何かと紐だった。初めそれがなんなのかわからなかったのだが、その赤い何かを見ているうちに徐々にその原型を思い出してくる。
「さっきの風船?」
ガキは何も言わなかった。
「お前さ、馬鹿だろ。なんでそんな事で泣いてだよ。」
「だって、だって・・・・。」
先程俺がこのガキを待たせて公園のトイレに入った時、持っていた風船が風で飛ばされ木に引っ掛かったらしい。で、あわてて取ろうとして引っ張ってしまった訳。
しかし、ただ一つの風船を割っただけで、ガキはダムが崩壊した様にわんわん泣いてくるから、俺もだんだん鬱陶しくなってきた。
「ほら、コンビに行くぞ。」
「・・・・なんで?」
「飛ばないけど、膨らませる前の風船なら売ってるかもしれない。」
運よくコンビニにあった風船。膨らますとやっぱりボテボテと地面に落ちた。
「これで我慢してくれよ?」
渡すとガキは急にパッと顔が明るくなって、それをポンポン宙にうって遊びだした。
「もっと!もっとたくさんの風船がいい!!」
調子に乗ってそんなことも言ってくるから、まあそれも悪い気がしなくて、風船を膨らまし続けていた。
宙に上がっては落ちる、赤、青、黄色、紫、緑。
「おじさんさ、いい人だね!」
ガキは笑ってそういった。初対面とは割ったく違う表情だ。
「誘拐も、こんなおじさんなら悪くないね!!」
「お前自分から捕まっといてなぁ・・・。」
俺はそれしか言えなかった。
遠くからかすかに、サイレンの音が聞こえてきていた。