in cafe
誰かを待つのが好きだ。
厳密には、
気に入りのカフェ、
いつものドリンクで、
あなたを。
柔らかなホワイトチョコレートの光に照らされる壁はビターチョコレート。柱は木目のダークショコラ。ソファに椅子とテーブルがそれぞれ同じ色だ。床はきめ細かい生クリームにカフェモカ、ミルクチョコが綺麗にタイルとなって貼られている。
好きな席を、と言われ私は二人掛けの席のソファ側を選んだ。
両隣では仲良くグラスを口に運ぶカップルと、身振り手振りで盛り上がる2人の女性。
私のテーブルには温かい紅茶が1杯と先刻立ち寄った店で購入した小説が1冊。
視界を上げた先には昇りのエレベーターが同じ調子で人を運んでいる。
ソファに身体を軽く沈め、目を閉じる。
真っ暗な視界と反面、様々な音が鮮明になる。両側よりもっと向こうの商談。カップがソーサーへ帰り、震えるスプーン。最終的に聴覚を捕えたのはバックでかかっているのはボサノウ゛ァだった。異国の曲なのに、何処かノスタルジック。不思議と落ち着いた気分にさせてくれるのは壁を持たない音楽の魅力だと思う。
そしてこんな気分を味わわせてくれるこの空間は私にとって特別で、この時間は一時の至福でもある。
存分に空気に酔いしれたところで紅茶を口に運ぼうとして、
携帯が鳴った。
鳴ったといってもバイブレータの振動。2度長く震えたところで止む。
メールだ。
内容を確認し、携帯をスーツのポケットに放り込む。
「会計を」
通り過ぎかけたウェイターを呼び止めた。もう?という顔だ。葉をわざわざ選んだ紅茶は口も付けていない。本当は私だってもう少しこの雰囲気を味わいたい。
しかし、女性を待たせることの方が私には都合が良くない。
「ごちそうさま」
私は飲食店で食事をした後は、いつもそう添える。
返ってきたのは常套文句と営業用の笑顔。
私は店を後にする。ビルの5階から1階に運ばれ、真っ直ぐ外へ向かう。ガラスの自動ドアーが開くと目の前にメールの送り主はいた。
「またカフェですか?」
腰近くまである優雅なプラチナブロンドを靡かせ彼女は立っていた。肌はブロンドというと白肌を想像しがちだが、彼女のそれは日本人の標準に程近い。名は、今は伏せておこう。
「新しい店がオープンしたんだ」
「また紅茶を1杯だけ?」
怒りを含んだような口調だが特にそうではないことには最近気が付いた。
「好きなんだよ、紅茶。あ、ここの店なかなか良かったよ」
「あら、そうなんですか」
「飲んでないけど、香りでわかる。葉も選べるのは嬉しいね」
「それは良かったです」
興味のなさそうな返事。暗にメールのお陰で飲めなかったと伝えてみるも伝わっていない。もしくは軽く流されている。
「そういった情報では間違いないですもんね~」
ひょこりともう一人女性が現れた。こちらはハニーブラウン。下ろせば肩にかかる位の髪を今日は纏め上げている。ピン数本でそれを熟してしまう女性たちは器用だな、とよく思う。背は低い。彼女等の制服のブーツはヒールもあるのだが、それを含めても155cmあるかないか。手にコンビニの袋を持っている。恐らくまた夕食と夜食だろう。外食の多い彼女に以前自炊をしてみてはどうかと勧めたが、そんな暇があったらその分寝ます、と一蹴されたのが今でも忘れられない。
「隊長、そろそろ」
「ああ、そうだな」
3人の時計が予定の時刻を同時に指す。
「ところで隊長、たまには私たちも一緒に連れていってくださいよ~」
「んー、そうだなぁ…」
「ダメです。私たちの関係は仕事ですから」
「だ、そうです」
「ケチぃ」
「でもたまには女性と行ってもいいとも思いますが」
「いいお店いっぱい知ってるワケですしねぇ~」
「…」
誰かを待つのは好きだ。
例えば気に入りのカフェで、
例えばあなたを。
しかし、私はあの店に行ったのは今日初めてで、
特別の彼女を待っていたわけでもない。
ちなみに最近そんなご縁は全くない。
「この仕事、考えるかなぁ…」
「何か言いましたか?」
「何でもない」
任務のために太陽を背に、目的地へ向かう。そして私たちは車に乗り込んだ。