空の欠片
今日はやけに慌ただしい。
盆でも連休でもないのに、街は車だらけ、旅行鞄を持った人であふれかえっている。
私はアパートの窓から外を見やった。
雲ひとつない、晴れた綺麗な空である。
「それにしても、暑いな……」
クーラーもテレビもない貧乏な売れない作家の私は、汗だくになりながら小説を書いていた。
何やら大家さんや隣人も、今日は早朝からこぞってお出掛けである。
徹夜明けの朝、安いインスタントコーヒーを飲みながら窓から見たのである。
「さて、ちょっと寝るかなぁ……」
徹夜明けでもあるし、こんな暑い中小説など書いては居られない。
そんなことよりも、健康には悪いが昼夜逆転の生活を送って、夜のまだ涼しい時に書く事が効果的であった。
「よいしょっと」
私は畳の上にごろんと横になった。
―――――――――――――
一面、真っ暗だった。
何も見えなかった。
ふと、遠くから何かが近づいてくる。
それは無数の光る球だった。
まっすぐに私の方に向かってくると、パスパスッと音を立てて私の体にぶつかった。
「なんだこれは……」
ふと墜ちた一つを見てみると、それは球状ではなく、少しいびつな形をしていた。
その何かはパッと弾けるように消えると、それきり出てこなかった。
「いったいなんだったんだ?」
と、何か聞こえた気がした。
それは子供の悲鳴と、男性のうめき声でもあった。
声の出所を探ってみるが、出所は分からなかった。
「この声はどこからなんだ……? おおい、大丈夫か……?」
声をかけてみるが何も返ってこない。
暫く動き回ってみたが、やはり一様に声が聞こえてくる。
「おかしいな……。あれ?」
ふと汗をぬぐった時に、違和感を感じた。
どうやら声は私の体の中から聞こえているようだ。
「どういう事……う、わぁああ!」
急に、私の体が光り出した。
それだけならまだしも、何か体の中が熱い。
煮えたぎるように、まるで体の中が焼けつくように。
「あっ、わっ、あああぁぁぁっ……!」
――――――――――――――
「……っは、はぁ、はぁ……」
夢か。
しかし何だろう、この胸騒ぎは。
あれがただの夢ではない事を、なぜか感じ取っていた。
と、もう真夜中である事に気づく。
私は水道の蛇口をひねると、水を飲み、顔を洗って少し散歩することにした。
空を見上げた。
綺麗な空である。
満点の星が輝いていた。
と、向こうに子供が一人、公園のベンチで座っている。
こんな時間に子供が出歩くのは不自然だったが、危ないし声をかけてみた。
「坊主、どうした? 危ないぞ、家に帰れ」
「おうち、だれもいないもん。パパとママと、はぐれちゃった」
「どういうことだ?」
「きょう、パパとママとおでかけするはずだったの。『そらがおちてくる』っていってた」
意味がわからなかったが、ともかく迷子らしい。
迷子と言うにはおかしいかもしれないが。
住んでいる場所を聞くとこの近辺だったので行って見たら、電気も灯っておらず誰もいる気配はなかった。
そもそも、真夜中とはいえ周りの家の一切に電気が灯っていないのはおかしかった。
「……ともかく、今日はうちに泊めてやるから明日は帰るんだぞ」
「はあい」
流石に昼には居るだろうと考えて、今日は狭い部屋だが泊めてやることにした。
ふと、もう一度空を見る。
と、流れ星がきらりと見えた。
「お、坊主。流れ星だぞ。願いごと言え」
「わ、わ。えっと、えっとね……」
そう言ううちに流れ星は消えてしまった。
少し残念そうな子供をみて、なぜか私も残念な気持ちになった。
しかし次の瞬間、もう一度流れ星が見えた。
もう一度どころか、次々と星が流れていく。
「坊主、凄いぞ! 流れ星がいっぱいだ!」
「わぁ、すごい、すごい! 綺麗だね!」
「ああ、そうだな!」
その綺麗な景色を、二人で見ていた。
と、地響きが聞こえた。
その方向へ、ふと顔を向けた。
燃え盛る岩が転がっていた。
それが隕石と気付くのに、時間はかからなかった。
それはまさに、空が落ちているという表現が正しかった。
空が無数の光に包まれ、地上に降り注いだ。
私は子供を抱え込むと、急いでアパートの方へと走り出した。
ふと空を見た。
降り注ぐ空の欠片の一つが、私たちの元へ近づくのが、見えた。
「あ、あ、あ、あ、あ、ああああああぁぁぁっ!」
遠のく意識の中聞こえたのは、夢で聞いた子供の悲鳴と男のうめき声だった。