ダヴィデ綺譚書
アビゲイル
"閉ざされた図書館"で暮らす少女。主役同等の存在でもあり、物語は時折彼女や賢者の精神世界へと飛翔する。心をひどく病んでおり、我々をも巻き添えにしかねない、魔性の娘。
ニコラス
ブリューゲル侯爵の第二子で、アビゲイルの許婚。男性だが、時に女性的な面も見せる。また腹違いの妹であるナターリェを溺愛しており、アビゲイルには確かな愛を表現できない。
ジェームズ
ブリューゲル侯爵とは古くからの友人。賢者とも呼ばれている。アビゲイルの良き理解者だが、その魂胆は至ってエゴイスティックだ。
ナターリェ
一角人の母を持つ。歳に見合わず毅然としており、落ち着いた印象を受ける。ジェームズに心を寄せている。
ジュリア
ブリューゲル侯爵の末子でアルビノ。切られた耳を露呈し、自らが一角人である事を主張する。何かとナターリェにまとわりつく。
アンネローゼ
若き頃はクラーナハブルクの魔術師でもあり、姫君でもあった。
実子であるにも関わらず、アビゲイルを非常に憎んでいる。
いったい、何が彼女の心を蝕み、抉り、漆黒の闇へと変えてしまったのだろうか。
エンゲル
結合双生児であり、魔術師アンネローゼの第一子。
好奇心旺盛でじゃじゃ馬娘だが、その身を呈して弟妹たちを護ることを誓う。
ヒンメル
結合双生児であり、魔術師アンネローゼの第二子。
知的で夢見がちな乙女。その事をエンゲルに指摘されることもしばしば。
フリドリヒ
”バブ・イル”の統治者。
二十五歳の頃から、この地に奇形児、魔術師の女性など、奇人、変人を集めてきた。その目は狂乱に充ち満ちており、いったい何が彼を虜にしたのだろうか。
その一面で、アビゲイルを娘のように可愛がっている。
オーウェン
ジェームズの実兄。身体が弱いアビゲイルの主治医でもある。
セルジオ
ナターリェ達と共に、バブ・イルへ誘われた青年。二つ名を"碧緑の若獅子"という。
全てにおいて謎に満ち満ちた人物でもある彼は、一体何を口にするのだろうか。
白銀の少女
アビゲイルの鏡のような存在。
清楚な外見に反して、残酷で凶暴。
01.
ダヴィデ綺譚書を始める前に、アビゲイルという人物ついて少し、話さなければならない。まず、私と彼女はニアリーイコールである。というのも、彼女には彼女の独立した精神があって、私よりも顔の彫りは深く、小鳥のような声音の持ち主だ。一言でまとめれば、美しいのである。美麗だとか、綺麗だとか、可憐だとか、そういった美辞麗句は正直彼女にはあわないだろう。ナチュラルに美しいのだ。しかしながら、人間だれしも皮一枚剥ぎ取れば、ただの肉塊であるように、そのこころはハイエナの如く凶暴だ。
たとえば、どこからか迷い込んできた子猫や子犬がいるだろう。人はそれを憐れみ、可愛がるだろう。そう、彼女もそのうちの一人だ。彼女は慈愛の笑みを浮かべていた。しかしながら、その両手は首根っこをつかみ、ぎりぎりと締めていた。この時、既に彼女の体内には白銀の少女という子が受胎しており、その子が「早く殺せ、早く殺せ、早く殺せ」とせかしていた。結局、アビゲイルは彼女の命令にだけは逆らえなかった。たとえばの話だ。いまアビゲイルの手元にいる子猫は、息が切れ切れとして、目玉が飛び出るほどに苦しんでいるというのに、彼女はその手を緩めることはなかったのだ。子猫の瞳孔は開き、口元からはだらしなく舌が出て、先っぽから唾液を垂らしている。ぎゃお、ぎゃおと赤子が泣くような声で、助けてと哀願している。何がそう彼女にさせたのか。この根本的な問題は物語の最後でわかる事になる。いや、何れわかるだろう。だがこの時点でいえるのは、確かに彼女は涙を流していた。ごめんなさい、とも、口にしていた。それでも、その手を緩める事はなかったのだ。彼女の脳裏で白銀の少女が、「さあ、殺せ」といった時、彼女はいよいよ力強くその手を握り締めた。怖くて目を閉じながら、ごめんなさいとまた口にしながら、確かに殺していた。瞳を開ければ、子猫は断末魔と同時に息絶えていた。ぎゃあ、と一声だけいって、両眼から飛び出そうになっていた目玉が、彼女の顔面に飛んできた。アビゲイルは心底、おびえていたものの、同時に、それを美しいと感じてしまった。割と、純朴な娘である。
アビゲイルと白銀の少女は確かにイコールかもしれない。
しかしながら、産まれてきた時の違いから、僅かなひずみが生じているようである。
そして、私とは誰か。
それは、今でもわからない。