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Checkmate

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無機質な部屋にある回転椅子。
そこに一人の男が座っていた。
白のスーツを身に纏った彼の目の前にあるのは、幾つかのモニターとパソコンと、ラジコンに使うようなコントローラー。
そして、一枚のチェス盤。
上には、敵のキングを取り囲むように白い駒が取り捲いている。

「3-b 白ルーク。チェックメイトだ」

そう言いながら、彼は白い駒を動かし、升を変える。
正面には、黒のキングが佇んでいた。

『――報告、敵司令部を制圧、見事な手腕です、大佐殿。一矢報いました』
「それは良い事だな、少尉」

モニターから聞こえる声に静かに答える男。
血と残骸と兵の肉片が映るそのモニターでは、屈強な軍人がモニター越しに敬礼をしている。

『次なる指示を、大佐殿』
「"Standby"だ。未だこの基地が陥ちかけている状況に変わりはない」
『Sir.鹵獲した敵の兵器で防衛網を強化いたします』

そう言って、モニターの前からその軍人は消えた。
男はリモコンを手に取ると、ひっついているレバーを動かす。
すると、モニターに映る映像がどんどん変わっていった。

「損害率17%、と言ったところか。相変わらず、首都との通信は切れたまま。明日が正念場、と言ったところか」

そう呟くと、男はチェス盤の独楽を元に戻す。
しかし、白い駒の内、幾つかの駒は盤上に配置される事は無かった。


……………………
………………
…………
……・

『――報告、報告っ! 第一防衛ラインが破られ、間もなく第二防衛ラインも突破されようとしています!』
「ほう」

男はそれだけ言うと、チェス盤の黒のナイトを動かす。

「6-e 黒ナイト。チェックか」

男は少し考えると、モニターに向けて言う。

「此処の予備兵をE地区へ廻せ。敵別働隊の撃滅へ当たらせる」
『はっ、しかしそれでは本部の防衛が薄くは為りませんか?』
「前を護れば後ろが薄くなる。右を護れば左が薄くなる。戦争とはそういう物だ」
『……はっ、では命令を出します』

塵と血にまみれた兵がモニターから居なくなると、男は静かに白い駒を動かす。

「6-e 白ビショップ」

呟いた。
同時に再びモニターに人影が映る。
それは先日、画面に映っていた軍人だった。

『大佐殿、本部の方へ向かっている敵部隊を確認しました、其方の増援には向かえません。どうか其処から撤退を』
「はっは、私の辞書に撤退は無いのだよ」
『しかし……』
「少尉。貴官はチェスを知っているかね?」
『は?』

キョトンとしている軍人相手に、男は笑いながら言う。

「チェスにおいては、撤退などと言う物はないのだよ。チェスを終わらせるには、敵のキングを取るか、味方のキングを取られるか、パペチュアル(※1)、ステールメイト(※2)で引き分けに持ち込むかだ」
『……はぁ。それが、何か関係あるので?』
「この戦、相手のキングを取る事はもう、不可能だ。かといって、戦線を膠着させてパペチュアルやステールメイトに持ち込む事も出来ない」
『……っ! それで大佐殿、何が言いたいのです?』

モニターの向うの軍人はだんだんイラついてきたようで、語気を荒げる。
それを眺めながら、男はチェス盤の駒を動かす。

「5-g 黒クィーン。2-d 白ポーン。7-c 黒ビショップ、チェック。1-h 白キング」

ため息をつきながら、男は言った。

「このゲーム、私が死ぬ事でしか最早終わらんのだよ。他に終わる方法が無いのだから」

男の周辺が騒がしくなってきた。
そのすぐ後、背後の扉が蹴とばされる。

『!! 大佐殿、お逃げ――』
「1-b 黒ルーク。チェックメイト、か」

自嘲するように、男は回転椅子を回して、後ろを向く。
彼の眼に映るのは、小銃を持った軽歩兵。

「少尉。明日からチェスを打つのは君だ。あとは頼んだよ」

後ろのモニターに向かって、彼はそう言った。
刹那、銃声とともに崩れ落ちる。

情報確保のため、パソコンやモニターが運び去られた部屋。
その部屋に残されたのは、一枚のチェス盤。
そして、血で赤く染まった、倒れた白いキングだけだった。


(※1)盤上の形が3回同じになること。引き分けとなる。
(※2)合法的に動かせる駒が無くなる事。将棋と違ってチェスの場合、引き分けとなる。
作品名:Checkmate 作家名:Vaclav