Minimum Bout Act.00
『そっちに行ったぞ』
「ちっ、お前が逃がしたんだろ、気楽に言うな!」
乱暴に目の前のドアを蹴り、やけにガタイのいいサングラスの男はイヤホンに文句を言った。
大きな体に似合わず機敏な動きで鉄階段を飛び降りるように駆けて行くと、男の目が眼下を黒い影が走り去るのを捉えた。
「いた!」
手すりに手を掛け、男はヒラリと3階から1階へと強烈な音を立てて降り立つ。
ドスン、ともバシン、とも聞こえる激しい大げさな音で着地を決め、影が消えたドアの中へと飛び込む。
そこは段ボールが山と積まれた工場で、逃げる影は段ボールを上手く利用して右に左に素早く移動していた。
「足が速いじゃねえの。おいっ! シン! てめえ回り込め!」
インカムに怒鳴りつけると、イヤホンから返って来たのは女の声だった。
『カッツ。そのままヤツを海側の出口へ追い出して』
「なんだと? ルーズ、てめえ人使い荒いんだよ! 一番年寄りにきっつい仕事やらせやがって! 帰ったら覚えてろよ!」
文句を言いながらも男は指示通り影を海側の出口の方へと追いつめて行く。
じわりじわりと影は気付かぬうちに男に操られていた。
さっと影が一番近くのドアに手を伸ばした。
そっちのドアから逃げる気か? 残念だが、そっちに逃げられたら俺が怒られるんだ、よ!
男は手に持っていた銃のようなものを構え、影が体を滑り込ませようとしたドアへ向けて引き金を引いた。
パシンッ!
銃口から飛び出した何かがドアに命中し、青白い閃光が小さな稲妻を作ってドアを駆け巡る。
「ぐあっ!?」
掴んだドアノブから激しい電流が流れ、影はそれに驚き直ぐさま近くにあった別のドアへと逃げ込む。
「おっしゃ、行ったぞ!」
男は影が逃げて行ったドアから顔を覗かせ、一本道の先にある出口へ向かう影の後ろ姿に向かってひらひらと手を降った。
「あんまり急ぐと怪我するぞ~」
「うわあああああーーーーー!!!!」
男が言い終わるや、開いた出口の向こうに消えた影の叫び声が工場中に響いた。
「あーあ。ほら、言わんこっちゃない」
『カッツ、目標確保したわ』
ぼりぼりと頭を掻き、男はインカムに向かって声を上げた。
「おっしゃ、てめえら帰るぞ! 今日はすき焼きだ!」
作品名:Minimum Bout Act.00 作家名:迫タイラ