べんち2
「なんじゃあ、こらぁーっっ。」
つらつらと書かれたリストを、目にして、俺は叫び声を上げた。もちろん、プリントアウトしたものではない。ディスプレイに掲げられた俺のスケジュールなるものを確認していた。ふたりして、今後の予定なるものを作り、今は、それを予定通りにこなしている。ふたりが同時に起きるのは、半年に一度。それ以外は、俺が二ヶ月に一週間、相方が一ヶ月に三日間、冷凍睡眠装置から起き出すことになっている。だから、俺のほうは三度に一度しか、話はしない。互いが、別々に起きている時に起こったことについては、スケジュールの備考欄か、日報に書き込みということになっている。そういう変則的なことをすることになった経緯は、全てが食糧事情なるものによる。二人が同時に起きていると、ふたり分の食事が必要になる。予定期日が五年だったわけだから、それ以上の食料や、その他の物資の備蓄はない。
「単純に計算しても、この計画は、七年ぐらいかかる。」
「え? 」
「うーん、あのな。地球に戻って充分な制動をかけて、地上に通信するための電力を作り出すためには、それなりにケチらんとあかんわけよ。当初の計画っていうやつは、それが甘く計算してあるから、そこんとこから計算しなおすと、そうなる。つまり、その分、燃料は残しとかなあかんわけやから、慣性飛行せなあかん距離も長なるっちゅーわけや。」
さすが、研究者というところだろうか。いろいろな見直しをして、そういう結論を、相方は突きつけてきた。
「それ、当初から参加していたんじゃなかったか? おまえは。」
この計画の当初から参加していたはずの相方が、そんなことを言うのには呆れた。
「そんな細かいとこ、俺の仕事やないって。全部なんもかんも、ひとりでやっとるわけやないで。だから、ちゃんと計算しなおししたったやないか。俺のそろばんを疑うっちゅーんかい。」
「そろばん? 」
「文明の利器じゃっっ。俺とこの故郷の三種の神器を舐めたらあかん。」
後で、『そろばん』なるものを検索したら、過去の遺物だった。確かに、相方の故郷で使われていた計算機ではあったが、それは何百年と昔の話だ。殴ってやろうと思ったが、既に、相方は冷凍睡眠装置に逃げ込んでいた。そんなわけで、別々の行動をすることになったのだ。
リストの備考欄には、相方からのメッセージが入っていて、「筋力トレーニングを怠ると、戻った時に重力に負けるからな。きっちり、やって、俺をお姫様抱っこでタラップから降ろしてくれ。」 などという、ふざけたことが書かれていた。
この船は完全な無重力というわけではないが、それでも加重は1Gというわけではない。それに、居住区以外は、かなり無重力に近かった。確かに、こんな重力に身体が馴れてしまえば、今後、地球に戻った時には、支障が生じる。大昔、一年近く無重力の宇宙ステーションで生活した宇宙飛行士たちは、地球に戻って、相当に苦しんだとも習っている。
「だからって、これっっ。」
そこに予定されているトレーニングは、一週間みっちりと書き込まれているのだ。それをこなして、船内点検をしていたら、たぶん、プライベートタイムなんて無いに等しいほどの、ハードさだった。だが、実際、ひとりで一週間の時間を起きていると、とても退屈してしまうのも事実だ。誰も居ない。ただ、機械の音しかない無音の空間なるものは、孤独というものに相応しいものだった。考えることもあるし、食事したり娯楽用のディスクにある映画を観ていても、誰も居ないということが、ただ寂しいのだと思った。よく、こんな時間を、「ひとりでいい。」 なんて、言ったものだ、と、相方に呆れたが、たぶん、彼は、この時間が苦にならないのだろうと思い直した。自分には、五年間だったとしても辛いものになったと思われる。三度に一度、あのローカル色豊かなへらず口を相手に、食事するだけでも、かなり楽しいと思った。相方のほうは、いつも変わらぬテンションなので、逢えて嬉しいと感じているかまではわからなかったが・・・。
五度目に、顔を合わせて、ふたりして、少し飲んだ。ちょっと酔っていた相方は、「独りって楽なんよ。俺、人間がよーさんおると、神経に障るんやわ。」 と、いつになく真面目に答えた。
「そんなに細かい神経なのか? 」
「あ? 俺、繊細やねんで、これでも。誰かおると、気遣いで疲れるんよ。」
「すまないな、気遣いさせて。」
「え? ああ、きみはええんよ。しゃべらへんやん。それに、しょっちゅう会うっちゅーわけやないもん。」
まあ、確かに、無口ではあるだろう。どっちかと言えば、この相方が喋り倒しているわけで、大概、こっちは、相槌だけだ。
「ちゃんと、トレーニングしてるんやろうな? 」
「おまえこそ。」
「俺は、そこそこでもええんや。きみは、ちゃんとしとかんと困るで。なにせ、体力勝負の航宙士なんやからな。」
「おまえだって、資格があるから、ここにいるんだろうがっっ。あ、おまえ、俺にだけ、トレーニングさせてサボってるんだなっっ。」
「してるで、それなりには。それより、やることがいろいろあって大変なんよ。きみと違って、いろいろと計算したり計測したり、本職の仕事もしてるんやからさ。」
基本的に、航法は、俺で、計測は、相方だ。だから、仕事というなら、相方のほうが多いことは多い。慣性飛行している分には、前方の障害物などがない場合は、計器の確認ぐらいしかしていることがない。対して、相方は、通過する惑星ごとの記録を残したり、航行中に計測しているデータを集計したり、と、日常的な仕事がある。半年に一度、顔を合わせるが、その時に俺に手伝わせているところからして、本当に忙しいらしいとは感じている。
「航法まで面倒みなくてもいいぞ。それは、こっちでする。」
「当たり前じゃっっ。・・・・そういや、ここんとこ、飲んでないな。今日は、羽目でも外そか? 」
「はあ? 」
「たまには、一日、記憶無くなるまで飲んでもええやろう。きみが合成してくれたやつが、残ってるから、あれ、飲もか? 」
「ベンチを用意しようか? 」
「どこにあるねんっっ、どこに。・・ははは・・・俺にツッコミさせられるようになってるやなんて、えらい進歩や。ベンチは帰ってから、じっくりと座るからええわ。」
そうして、仕事の区切りをつけて、居住区で飲みだして、相方は、ぽつりと、「タマに逢いたいなあ。」 と、呟いた。
「また、ベタな名前を。」
「ただのタマやないで、『掌中の珠』のタマや。ほんま、ええやつやねん。二十年一緒に暮らして、あれぐらい、ええやつはおらんわ。」
「二十年? え? 猫って、そんなに生きるのか? 」
名前からして、猫だろうと思ったが、実際、そうだったらしい。それから、延々と拾ったくだりから、ぐだぐだと語り始めた。だが、そのタマは、老衰で先年、亡くしたらしい。
「それで、自棄になって、引き篭もろうとかしたのか? 」
「いいや、もしかして、どっかに極楽浄土の入り口でも見えたら、挨拶したいな、と、思ったんや。けど、ないわ。どこにあるんやろか? 」
「あるもんかっっ、そんなものっっ。」
つらつらと書かれたリストを、目にして、俺は叫び声を上げた。もちろん、プリントアウトしたものではない。ディスプレイに掲げられた俺のスケジュールなるものを確認していた。ふたりして、今後の予定なるものを作り、今は、それを予定通りにこなしている。ふたりが同時に起きるのは、半年に一度。それ以外は、俺が二ヶ月に一週間、相方が一ヶ月に三日間、冷凍睡眠装置から起き出すことになっている。だから、俺のほうは三度に一度しか、話はしない。互いが、別々に起きている時に起こったことについては、スケジュールの備考欄か、日報に書き込みということになっている。そういう変則的なことをすることになった経緯は、全てが食糧事情なるものによる。二人が同時に起きていると、ふたり分の食事が必要になる。予定期日が五年だったわけだから、それ以上の食料や、その他の物資の備蓄はない。
「単純に計算しても、この計画は、七年ぐらいかかる。」
「え? 」
「うーん、あのな。地球に戻って充分な制動をかけて、地上に通信するための電力を作り出すためには、それなりにケチらんとあかんわけよ。当初の計画っていうやつは、それが甘く計算してあるから、そこんとこから計算しなおすと、そうなる。つまり、その分、燃料は残しとかなあかんわけやから、慣性飛行せなあかん距離も長なるっちゅーわけや。」
さすが、研究者というところだろうか。いろいろな見直しをして、そういう結論を、相方は突きつけてきた。
「それ、当初から参加していたんじゃなかったか? おまえは。」
この計画の当初から参加していたはずの相方が、そんなことを言うのには呆れた。
「そんな細かいとこ、俺の仕事やないって。全部なんもかんも、ひとりでやっとるわけやないで。だから、ちゃんと計算しなおししたったやないか。俺のそろばんを疑うっちゅーんかい。」
「そろばん? 」
「文明の利器じゃっっ。俺とこの故郷の三種の神器を舐めたらあかん。」
後で、『そろばん』なるものを検索したら、過去の遺物だった。確かに、相方の故郷で使われていた計算機ではあったが、それは何百年と昔の話だ。殴ってやろうと思ったが、既に、相方は冷凍睡眠装置に逃げ込んでいた。そんなわけで、別々の行動をすることになったのだ。
リストの備考欄には、相方からのメッセージが入っていて、「筋力トレーニングを怠ると、戻った時に重力に負けるからな。きっちり、やって、俺をお姫様抱っこでタラップから降ろしてくれ。」 などという、ふざけたことが書かれていた。
この船は完全な無重力というわけではないが、それでも加重は1Gというわけではない。それに、居住区以外は、かなり無重力に近かった。確かに、こんな重力に身体が馴れてしまえば、今後、地球に戻った時には、支障が生じる。大昔、一年近く無重力の宇宙ステーションで生活した宇宙飛行士たちは、地球に戻って、相当に苦しんだとも習っている。
「だからって、これっっ。」
そこに予定されているトレーニングは、一週間みっちりと書き込まれているのだ。それをこなして、船内点検をしていたら、たぶん、プライベートタイムなんて無いに等しいほどの、ハードさだった。だが、実際、ひとりで一週間の時間を起きていると、とても退屈してしまうのも事実だ。誰も居ない。ただ、機械の音しかない無音の空間なるものは、孤独というものに相応しいものだった。考えることもあるし、食事したり娯楽用のディスクにある映画を観ていても、誰も居ないということが、ただ寂しいのだと思った。よく、こんな時間を、「ひとりでいい。」 なんて、言ったものだ、と、相方に呆れたが、たぶん、彼は、この時間が苦にならないのだろうと思い直した。自分には、五年間だったとしても辛いものになったと思われる。三度に一度、あのローカル色豊かなへらず口を相手に、食事するだけでも、かなり楽しいと思った。相方のほうは、いつも変わらぬテンションなので、逢えて嬉しいと感じているかまではわからなかったが・・・。
五度目に、顔を合わせて、ふたりして、少し飲んだ。ちょっと酔っていた相方は、「独りって楽なんよ。俺、人間がよーさんおると、神経に障るんやわ。」 と、いつになく真面目に答えた。
「そんなに細かい神経なのか? 」
「あ? 俺、繊細やねんで、これでも。誰かおると、気遣いで疲れるんよ。」
「すまないな、気遣いさせて。」
「え? ああ、きみはええんよ。しゃべらへんやん。それに、しょっちゅう会うっちゅーわけやないもん。」
まあ、確かに、無口ではあるだろう。どっちかと言えば、この相方が喋り倒しているわけで、大概、こっちは、相槌だけだ。
「ちゃんと、トレーニングしてるんやろうな? 」
「おまえこそ。」
「俺は、そこそこでもええんや。きみは、ちゃんとしとかんと困るで。なにせ、体力勝負の航宙士なんやからな。」
「おまえだって、資格があるから、ここにいるんだろうがっっ。あ、おまえ、俺にだけ、トレーニングさせてサボってるんだなっっ。」
「してるで、それなりには。それより、やることがいろいろあって大変なんよ。きみと違って、いろいろと計算したり計測したり、本職の仕事もしてるんやからさ。」
基本的に、航法は、俺で、計測は、相方だ。だから、仕事というなら、相方のほうが多いことは多い。慣性飛行している分には、前方の障害物などがない場合は、計器の確認ぐらいしかしていることがない。対して、相方は、通過する惑星ごとの記録を残したり、航行中に計測しているデータを集計したり、と、日常的な仕事がある。半年に一度、顔を合わせるが、その時に俺に手伝わせているところからして、本当に忙しいらしいとは感じている。
「航法まで面倒みなくてもいいぞ。それは、こっちでする。」
「当たり前じゃっっ。・・・・そういや、ここんとこ、飲んでないな。今日は、羽目でも外そか? 」
「はあ? 」
「たまには、一日、記憶無くなるまで飲んでもええやろう。きみが合成してくれたやつが、残ってるから、あれ、飲もか? 」
「ベンチを用意しようか? 」
「どこにあるねんっっ、どこに。・・ははは・・・俺にツッコミさせられるようになってるやなんて、えらい進歩や。ベンチは帰ってから、じっくりと座るからええわ。」
そうして、仕事の区切りをつけて、居住区で飲みだして、相方は、ぽつりと、「タマに逢いたいなあ。」 と、呟いた。
「また、ベタな名前を。」
「ただのタマやないで、『掌中の珠』のタマや。ほんま、ええやつやねん。二十年一緒に暮らして、あれぐらい、ええやつはおらんわ。」
「二十年? え? 猫って、そんなに生きるのか? 」
名前からして、猫だろうと思ったが、実際、そうだったらしい。それから、延々と拾ったくだりから、ぐだぐだと語り始めた。だが、そのタマは、老衰で先年、亡くしたらしい。
「それで、自棄になって、引き篭もろうとかしたのか? 」
「いいや、もしかして、どっかに極楽浄土の入り口でも見えたら、挨拶したいな、と、思ったんや。けど、ないわ。どこにあるんやろか? 」
「あるもんかっっ、そんなものっっ。」