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Knockin’on heaven’s door

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その5


「ワシはな、たとえ死んだといっても孫の顔くらい忘れておらんぞ。こんなオレオレ詐欺まがいの事などお見通しじゃ!」
 一向に話しを聞いてくれないだけではなく、振り込め詐欺の犯人扱いされる始末。何事も、上手く行く事ばかりではないのだ。


『 待ち望んでいた橘玄六の場合 』


「こりゃ、申し訳なかった。死ぬ前にオレオレ詐欺の話をしておったかなら、ワシの所に来たらとっ捕まえてやろうと思っておったんでな」
 今回、天国へと旅立たれる橘玄六さんは、僕が来るのを待ち望んでいたのだという。まだ亡くなって間もないっていうのに、随分とせっかちなお方のようだ。
「で、いつになったら極楽様に行けるようになるんや?」
「ご自身が望まれたら、いつでも行けるように手配してますよ」
 通常、現世への悔いや未練を無くす事で誰にでも天国への扉は開かれる、と新人研修の際に習った記憶がある。僕たち「天導士(てんどうし)」はそんな旅立ちの手助けをし、少しでも上質な御霊にして天国に送り出すのが仕事だ。
「そうか、それならもっと早く行けばよかったのう」
「そんなに待ちわびてたんですか?」
「昔から言われておったじゃろが。天国はな、酒は上手いしおなごは綺麗、行きたくない訳が無かろう」
「……で、ですね」
 天国という場所への憧れは人それぞれで、その全てが正解でも間違いでもない、と僕は思っている。それぞれの理由や思いで人は亡くなりここへとやって来る。天国へ行く者、地獄へ行く者、いろいろと都合があるのだ。
 天国を楽しみたい、そんな橘さんの思いはとても分かりやすく、そんな御霊も天国の運営には不可欠なのだ。
「のう、オレオレの若造。最後に家族の顔を見ておきたいじゃが、無理かの?」
 橘さんはそう言って、今までにない真面目な表情をみせた。
「分かりました、大丈夫ですよ。……やっぱり、心配なんですよね?」
「何言いよるんじゃ、何も知らんで。うるさいワシがおらんなって晴れ晴れしたせがれらの顔を覚えておくためやて。後で天国に来た時に怒り散らかすつもりでの」
「……で、ですよねぇ……」
 理由など、人それぞれでいいのだ。


「……天国っちゅーのは、何時までやっとるモンかのう?」
「な、何時って言われましても……。基本的には二十四時間営業ですけど、どうかしましたか?」
「のう、別に急がんでも極楽浄土には登って行けるのなら、もうしばらく待ってはもらえんじゃろか?」
 橘さんは家族の姿を見に来て、そのままその場から動かなくなった。ただただ、不器用そうなおじさんを見つめ続けているのだ。
「ついこの前まで、せがれはサラリーマンやっておってな、それなのに突然帰ってきて「後を継ぐから板金を教えろ」とか吐かしやがったよ。……いやね、本当は嬉しかったさぁね。二十年は遅かったがようやくせがれが継いでくれるって言ってくれたんだ。諦めんで続けていて良かったと、心底思ったさ」
 しみじみと、そして優しく、橘さんは話してくれた。小さな町工場の親子の、師弟になるには遅すぎた不器用な二人だけの物語だ。
「あーあ、何やっとるんじゃ。そのプレス機はもう古いんじゃからゆっくり下ろせと言うたじゃろ。見てみろ、端がささくれたやないか」
「なんだか……、初めての父親参観日って感じですね」
「うるさいのう。まともに叩き込む月日もなかったんじゃ、せがれが言うてくるのが遅かったから悪いんじゃ」
 今に飛び降りてその場に行くんじゃないか? って程に、橘さんは身を乗り出して見ている。険しい表情を少し覗かせ、しかしほとんどがそわそわと落ち着かない感じだ。
「橘さん、天国にはいつでも行けますよ。ですから……また行きたくなった時にご連絡ください」
「悪かったな、オレオレの兄ちゃん。もう少し、せがれがまともに出来るようになったら来てくれんかの?」
「はい、気長に待たせていただきます」

 僕は現世で留まっている良質な霊魂を天国に送る仕事をしているわけだが、誰でもポンポンと天国に送るのは好きじゃない。人それぞれ、霊魂それぞれで留まる理由があるのだ。出来れば晴れた気持ちで昇天してもらいたいから。

 成績が悪いと先月怒られた事を思い出し、少し離れた場所で僕は振り返って橘さんを見た。
「出来れば早くに……お願いしますよー」
 僕は聞こえない程度の声で呼びかけたが、当たり前に反応がなかった。「時にはこんな事があってもいいのかな」と小さくつぶやき、僕はその場を後にした。

作品名:Knockin’on heaven’s door 作家名:みゅぐ