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くりすます

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この時期、俺の仕事は忙しい。午前様大会勃発で、旦那とも、ゆっくり顔を合わす暇もないっちゅーくらいに忙しい。一応、毎晩、顔は合わせるが、それも、俺が茶漬け食って布団に入るまでの小一時間だけという悲しい状況だ。

 だが、どういうわけか、東川さんが、朝から俺の部屋に来て、定時で帰れ、とわけのわからんことを言い出した。

「どないしたんよ? 」

「ええから、今日と明日は、わしがクローズさせたるから、おまえは帰れ。」

「大丈夫か? 今日、イヴイヴやで? 毎年、家族で外食してるやんか。」

 そう、このヤクザ顔負けのおとろしい顔のおっさんは、見た目と違って子煩悩な家族想いのおっさんで、毎年、イヴイヴかイヴには、家族で外食してプレゼントの買い物をする。その当日に、そんなことを言われたら、認知症でも発症したんか、俺でも心配になる。

「ええんや。今年は予定がない。いつも、わし、休ませてもろとるから、たまには変わったるって言うてんのや。」

「え? 」

「娘と女房が、なんかアイドルのコンサートに遠征しとるんや。ほんで、わし、おいてけぼりじゃ。」

「はあ? 」

「一緒に行こうって言うたのに、いらんて言われたんや。せやから、仕事するしかないんじゃ。その代わり、正月は休むよって。・・・・なんでやねんな。わし、なんも悪いことしてへんのに、わしがおったらゆっくりコンサートの余韻に浸れへんって、どういうこっちゃ・・・わし、楽しみにしとったんや。今年はな、ホテルのイタリアンの予約したったんやで? なあ、みっちゃん、わし、そんなにいらんのか?・・・・」

 いろいろと愚痴り始めた東川のおっさんの話を要約すると、女房と娘が東京であるアイドルのコンサートへ二泊三日で遠征してしもた。それも、父親にギリギリまで内緒で逃亡したとか、なんとか・・・そういうことで、東川のおっさんは孤独なクリスマスを過ごす羽目になって、仕事で寂しさを誤魔化す方向ということらしい。

「なんも、それやったら、佐味田さんとか嘉藤のおっさんとかと変わったったらええやん。」

「どっちも仕事がしたいんやと。所帯持ちは、後はおまえだけや。あのバクダン小僧といちゃいちゃしたらええがな。」

 もちろん、俺以外にもクリスマスなんか、えら無視で仕事している幹部はいる。だが、どっちも孤独なクリスマスであるらしい。




・・・・そういや、クリスマスってやったことあらへんなあ・・・・・



 俺は高校時代から、この仕事についてたから、クリスマスなんてもんはやったことがない。この時期は掻き入れ時やから、休みなんかあらへんし、下手すると明け方に開放なんてこともあった。だから、俺の旦那と、そういうイベントはしてなかった。いや、旦那は、ちゃんと茶漬けの横に小さいツリーを食卓に飾って、小さいケーキをデザートに配置してくれたりはする。するが、疲れ果てている俺は、それをぼんやりと眺めるだけで、何も言うたことはない。



・・・・・そんなんもしたいんやろーか・・・・・



 俺の旦那は、かなりマメなので、イベントというのはやりたがる。それほど大層なものはしないが、それなりのものは用意している。例えば、冬至にはゆず風呂とかぼちゃの煮物なんていうのは準備されている。

「みっちゃん、わかったな? 定時やで? 」

「ええんか? 」

「わしがええっちゅーとんねん。」

 強引に押し切られて、業務を交替することになった。普段は、俺が各店舗から届く閉店後のデータの確認をして、送金の手配やら支払いの払い込み予定やらを入力しておく。銀行が開けば、そちらから、各店舗に、その金が配送されるようになっている。東川のおっさんの仕事は、その手前の各店舗の日報を確認したり金銭の出入りのチェックとかで、それが終わらないと、俺の最終の仕事は〆られない。だから、俺が会社で一番最後まで残ることになる。毎日、俺がクローズしとるわけではない。幹部は俺が休みやら、早く帰る時には、それをやってくれる。だから、交替しても、なんら問題はない。







 早よ帰れ、と、定時に会社は叩き出された。さて、どうしようかいな、と、俺は帰り道を考えながら辿っている。こんなに早く帰れるのはないことやから、なんか仕込みはして笑いのひとつもとりたい。

 ああ、あれがええわ、と、電車を途中で降りてデパ地下へ立ち寄った。甘ったるい匂いが充満している地区には行かず、惣菜コーナーで目当てのもんを買って、脱出した。

 俺の旦那は、定時上がりの人なんで、この時間には家に帰っている。たまに忙しい時もあるが、概ね、定時で帰れるので、晩飯は旦那がこさえている。アパートの階段を昇ったら、やっぱり電気がついていた。

「ただいまぁ~」

 鍵を開けて挨拶したのに出て来やへん。あれ? と、俺が居間まで進んだら、こたつに旦那が転がっていた。



・・・・・ああ、せやな。俺を待ってくれてるもんな。そら、仮眠せんとやっとれんわな。・・・・・



 午前様で帰ってくる俺を待っているのだから、仮眠ぐらいはせんと身体が保たへん。だいたい、朝は俺より早よ起きて、メシ作って洗濯してるんやから、そら寝るわな、と、納得して台所に荷物は下ろした。まだ、食材も製作途中で放置してある。どうやら今夜は野菜スープと、焼き魚やったらしい。スープは具材を切ったとこでまな板の上に放置されてるし、魚は塩をしてトレイに置かれている。

・・・・ほんなら、やりまひょか・・・・

 続きは簡単や。コートとスーツを脱いで、ネクタイも外してワイシャツの袖を捲り上げた。野菜とベーコンを鍋に放り込み、ブイヨンを入れて煮る。魚は、魚焼きのコンロを温めて放り込んでしもたら終わりという簡単なことだ。そして、それらが焼けたり煮えたりしてるうちに、俺は風呂の支度もして買ってきたものをラップして電子レンジに放り込んだ。ブーンという音とくるくる廻るブツを眺めて食卓の椅子に座っていたら、「うわっ、火事になるやんけっっ。」 と、大声を上げて旦那が飛び起きた。

「は、はれ? 」

「おはよーさん、もうちょっとでできるから風呂入れ。湯溜めてるさかい。」

「なっなんで? 具合悪いんか? 水都。」

「ちゃう。ちょっと仕事の予定が交替になっただけや。ええから風呂入り。」

 そして、俺の旦那というのは用心深いので、俺の額に手を置いて熱がないかを確認する。ないっちゅーねんっっ、と、怒鳴ったが、それでも信じられない、という顔をしている。

「メシ食いながら話はしたるから、とりあえず風呂。」

「いや、そんなんより話せ。」

「簡単に言うたら、東川のおっさんが家族に見捨てられて、孤独なクリスマスになったからや。」

「ああ? 」

 まだ納得はしてない。そりゃそうやろう。深夜残業でボロボロのはずの俺が、ぴんしゃんして八時に家におるなんてのはミステリーや。ダンナのジャージの腹辺りを引っ張って、顔を近づけさせた。

「今夜、俺がサンタの代わりにええことしたる。それでどないや? 花月。」

「どんなこと? 」
作品名:くりすます 作家名:篠義