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the night of worldend

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03.オルゴールが鳴り止むように




それは、少しずつ弱くなっていた。
彼の生気か、身体か。ジェイドには判りかねた。もしかしたらどちらもなのかもしれない。
定期的な健康診断を終えて、ジェイドは既に張り付いてしまった胡散臭い笑みを浮かべて、ルークに今日はこれで終わりです、と告げる。それにルークは小さく頷いて、ありがとう、と穏やかに笑った。それは初めて出会ったときの彼にはない穏やか過ぎる笑い方だった。
今も実は、ジェイドはそれに慣れないでいる。それはジェイドが感じている罪や愚かさからくる不慣れだった。
だからルークの笑顔に首を横に振る。まだ、自分の罪や愚かさを思い知るのはこれからなのだと。

「いいえ。しかし、あの日からあまり脈に乱れはありませんし、安定していますね。妙、ですが、まぁルークは見かけによらず図太いですからねぇ」
「図太い……っていうか、諦めが悪いんだろ」

困ったように笑うルークに、ジェイドは、ふむ、と考え込むように左手を顎にやる。
こうして卑屈的な考えを持つようになったのも、初めにはなかったことだ。もっと高慢で態度もでかかった。馬鹿な子どもではあったが、子どもらしかったのだ。
それを奪ったのは誰か。
そこまで思考がさしかかって、我ながらくだらないことを、ルークに向き直る。

「おや、ルークはねちっこいんですか」
「はぁっ? なんでそうなるんだ?」
「いえいえー、たいしたことではないんですが、適当なところで諦めないと、」

続きそうになった言葉に、思わず制止をかけた。
ジェイドは少なくとも、言葉を選んで音にする。考えながら話をすることもあるが、ちゃんと導き出した言葉を声にしている。
しかし相手の応答までを考えているので、ほとんどが確信犯である。でもその確信的な部分が、相手を傷つけるだろうということも分かっていた。
だからこれ以上続けると、この子どもはまたマイナス思考の海へ沈んでしまうことに気がついたのだ。
急に押し黙ったジェイドにルークは首を傾げる。少し不安気に名前を呼び、顔色を窺うように透き通った緑の瞳で見上げてきた。
ジェイドはこういう仕草はどこかで見たことがあった。
確か、ガイがカースロットにかかったあたりだったか。あの頃はまだ、馬鹿な子どもの頃だったが、少なくとも相手を思いやることは出来ていた。とても分かりにくく不器用ではあったが、もうこの世界には存在しないイオンも言っていたではないか。彼は優しい、と。
何か色々なものが欠落している子どもだとは思っていた。
しかしそれは欠落ではなく、隠し持っていた本質だったのだ。
ガイは育て方を間違えたと後悔していた。それにしては、人間らしさを持っているとジェイドは思う。
そうだ、色々なものが欠落しているのは、自分の方だというのに。

「いやぁ、年寄りになるとどうもいけませんね。突然違う世界にトリップしてしまいます」
「えぇっ? いや、トリップするのはナタリアだけで十分……ていうか、歳って、ジェイドでもなるのか」

気を取り直してずれてもいない眼鏡を押し上げたジェイドは作り笑いをし、ルークへと向ける。
ルークは呆気を取られながらも、ふと考え込むように、じゃあガイもそろそろそんな症状が出たりすんのか!と本気で心配しているような表情になり、ジェイドはおやおや、と楽しそうに口元に笑みを作った。

「そうですねぇ。ガイの場合のトリップはすごいことになりそうですね。あそこまで偏執狂だときっと後々取り返しの付かないこと、」

に、と最後まで言い切る前にルークはジェイドの前から消え去るように駆けていった。
目指すはどうも偏執狂の彼の元らしい。
なるほどちょっと遊びすぎたか、とジェイドは一息ついてから、騒ぎ立てているルークの声を聞き、先ほどのゆるやかな手首の脈を思い出した。
力なく刻むそれに眉を寄せそうになったが、それは、今知るべきことではないのだと割り切った。
最終的に行く、彼のゆく先をこれ以上悲愴や絶望に染め上げることはないのだ。
それはまた自分の罪になるのだろう、と自嘲的に笑みをつくり、遠くから聞こえてくるジェイドにからかわれた真実を知ったルークの怒声が、妙に悲しく聞こえた。



作品名:the night of worldend 作家名:水乃