ドール
「息子さんはもう……奥さんの方もつい先ほど……二人とも見た目以上に傷が深かったようで……」
まさか……あり得ない……。
俺はそのままへたり込んだ。
どうしてこんなことになってしまったんだ……。
どこの誰がこんな酷いことを……。
途端に哀しみは怒りへと変わった。
俺は再び医者に掴みかかる。
「どこの誰がやったんだ!」
医者は困惑した様子で答える。
「わ、分かりません……」
「二人は何か言い残していなかったか?」
「え……?」
そして医者は思い出したように口を開いた。
「奥さんがうわごとの様に”悪魔の人形が”と……」
悪魔の人形……?
思い当たる物はただ一つ。
ピーター人形だ。
今思い返せば確かにあの人形が来てからおかしなことが起こるようになった。
俺があの時あんな化け物をもらって来なければ……。
「安奈……」
そこで俺は残された唯一の家族、安奈の存在を思い出した。
ああ、安奈が危ない。
そろそろあの子が帰ってくる時間だ。
俺は再び病院内を駆け抜け車に乗り込んだ。
*
三時頃安奈はお気に入りのテレビ番組を見るために家への帰り道を歩いていた。
後は曲がり角を曲がれば家に着く。
家に近づく彼女をあの人形が窓から見つめていた。
人形にあの少年の姿が重なる。
その口元に歪んだ笑みが広がった。
*
俺は車を家の前に乗り捨てると急いで家に駆け込んだ。
警察は既に現場検証を終えているようで今は一人もいない。
勢いよくドアを開けた俺の目に絶望的な光景が飛び込んできた。
「あ、安奈……」
安奈が血まみれで倒れている。
俺は急いで駆け寄る。
「安奈!」
名前を呼び掛けるが返事はない。
安奈は腹を数回刺された様で、腹部から血がどくどくと流れ出てくる。
俺はあわててハンカチを傷口に押しあてた。
しかしそれくらいで止められる量じゃない。
俺はリビングにあった救急セットを持ってくると中の包帯を何重にも巻いた。
早く病院に連れて行かないと。
俺は血まみれの安奈を背負うと家の前に乗り捨ててある車に乗り込んだ。
出せる限りのスピードで車を走らせる。
*
車は山道を走っていた。
この山道を通るのが病院への近道なのだ。
その時首に鋭い痛みを感じた。
まるで何かに刺されたような痛み。
恐る恐る首を回す。
ピーター人形が俺の首に包丁を突き刺していた。
俺は恐怖の悲鳴を上げながらブレーキを踏んだ。
事故を起こさない様にするためだ。
だがしかし車は一向に止まる気配がない。
何でだ?まさかこの人形の……。
その時再び鋭い痛み。
今度は右肩だ。
その次は左肩。
痛みでうまくハンドルを切れない。
さらに手がハンドルから離れないため人形の攻撃を防ぐことも出来ない。
気がつくと目の前にガードレールが迫って来ていた。
ガードレールを突き破り車はその先の斜面を転がった。
あちこちをぶつけて痛みが走る。
額が割れて血が出ているのが分かった。
車が止まると俺はゆっくりと車の外に這い出た。
身体が受けたダメージのためか立ち上がることが出来ない。
「く……そ……」
俺はなんとか立ち上がろうとするがその望みが叶うことはない。
前方から小さな足音が聞こえてくる。
安奈か……?ああ、そんなわけないじゃないかこの足音は……。
俺は動かない身体を頭を必死に動かして上げた。
すると目の前にはあの悪魔が大きめの石を振り上げて立っていた。
ああ、俺はここで死ぬのか。
意識がゆっくりと遠のいていく。