ユニバース
吐く息が白くなり始める季節のたびに僕はその言葉を思い出す。
「さ、む」
バイトを終えて通用口から外に出ると、ぬくぬくと暖房が効いていた店内とはうって変わって身を刺すような風が吹き付ける。同じシフトの人達と挨拶を交わして帰路につく。帰宅してからやらなくてはいけないことを脳内で整理しているとバイトの疲れも手伝ってずっしりとした気持ちになってくる。
それでも日課と課してしまったこれはやめられない。百四十字以内で「つぶやく」webサービスだ。去年なんとなく時間潰しで始めたこれが妙に面白く、はまってしまっているのだった。徒歩で十五分ほどの帰り道のお供にタイムラインを流し見する。おやすみを言う人、もう日付が変わった深夜なのに起きて来る人、眠れない人、アニメを見ている人、勉強の息抜きをしている人……バラバラな人の行動が時系列で一つにまとめられているのはまるで一つの宇宙だ。
かじかむ指で過去へ過去へとページを繰って行くと、一つだけ浮き上がる用なPostが目に止まった。
「今日は星が綺麗ですね。オリオン座がとてもはっきり見える」
反射的に顔を端末から空へ向けると、満天の、とはいかないがそれでもちかちかと青白く星が瞬いていた。
星なんてまともに見たのはいつ以来だろう。小学生ぐらいか?ああそういえば小学校の時は天体望遠鏡なんかも買ってもらったっけ。
そんなことすっかり忘れていた。
星を見る楽しさを教えてくれた田舎の祖父はいつも『寒いと空気が澄んでいるから星が綺麗に見えるんだよ』と言っていたな。そうだ、祖父が亡くなってからは田舎に行っていないのだ。
どうして今まで忘れていたんだろう。
世界はこんなにきらきらしたもので溢れているのにそれを見ない事が大人になることだと勘違いしてきたような気がする。
画面をもう一度見ると、アイコンに見覚えはなく、プロフィールを見てもぴんとこない。
呟くのは一日に数回ほどのようで、どうしてフォローしたのかすらもわからない。
その投稿がされたのは十分以内で、ついさっき日本のどこかで自分と同じように空を見た人がいるのだと教えてくれる。偶然周波数が合って聞けた異国のラジオ放送のような自分の先端から色んな世界に繋がる感覚に陥る。
その周波数を受けとったというサインを伝えたくて僕はリプライを飛ばす。
「@***** 本当に綺麗ですね。久しぶりに空を見上げて星を見ました」
多分返信はないだろう。けれどそれでいい。ただ、僕の自己満足だからだ。極端なことを言えば読まれなくともよいと思っている。それにその人のホームを見ると誰かへ頻繁に@を飛ばしているようではない。
送信が終わると一仕事終えたような清涼感に包まれる。そのまま携帯をしまって誰もいない道を星空を見ながらふらふらと歩く。小学校の時の自分ならば星座の名前を次々と言えたのだろうが今の自分ではオリオン座と北斗七星が精一杯だ。笑われてしまうなあと思いながら家に向かう最後の角を曲がったとき、携帯が震えて新着リプライが一件あることを教えてくれた。自分のページを見ると、ついさっきリプライを飛ばしたばかりのその人だった。
「@******** こんばんは。冬は空気が澄んでいるから天体観測に向いているそうですよ」
ありふれた言葉ではあるのだけれど祖父と同じ事を言っていると思うと不思議と親近感がわく。なんだか身体が軽くなってやる気が出る。ああ明日も頑張れそうだ、ともう一度家に入る前に神話の巨人を見上げた。