砂時計2
でも、林はかなりもてた。花の香りがふわりとする女子らしいところとか、垣間見せる満面の笑みだとか、まじめに見えて天然なギャップとかが、男心を掴んではなさなかった。
幼馴染だったわけではないけれど、俺は転校してきたその日から林を好きになっていた。そして林は、高校生になった。美人なだけでなく、可愛くもなっていった。
ある日俺は、林が告白されている現場を見た。あいては、モテモテで頭もよく、顔もいい。その上スポーツが出来るという完璧なやつである。しかし、有名な悪とつるんでいるとか言ううわさがあった。しかし名前が思い出せなかった。
「あのさぁ・・いきなりで悪いんだけど・・。俺と付き合ってくれない?」
そいつは、林を見て告白していた。盗み見することはいけないと分かっていた。でも・・目が離せなかった。林はなんて答えるんだろうと、そればかりが気になった。林は満面の笑みで微笑んだ。俺は、不意に嫉妬した。なんで林の笑みがこいつに向けられなきゃいけないんだ・・と。
「ありがとう・・。でも、わたし好きな人がいるんだ。」
その笑みとは裏腹に、林はきっぱりと言った。
「す・・好きなやつ!?」
そいつは言った。そいつの言葉は、俺の心の言葉と一緒だった。
す、好きなやつ!?
正直言って、初耳だった。
林に、あのもてもての林に好きなやつ。ええ!
俺の頭はパニくっていた。ファンクラブが出来ているといううわさがあるほどモテル林に彼氏がいないと知っていたから、好きな人などいないと思っていた。
「だ・・だだ誰!?」
そいつもパニくっていた。でも林はその質問には答えず、ふふっと笑って
「ヒミツ」
と答えた。不覚にも俺は見とれてしまった。でも、そいつ(名前が相変わらず分からないやつ)の様子がいきなりおかしくなった。
「ちっくしょう・・。何で振るんだよ!」
そいつはいきなり怒り出した。林はビクッとしていた。そいつは林の肩を寄せた。
「きゃ!」
林は抵抗していた。でも、男の力に敵う分けない。
「おまえ、俺と付き合えよ!さもなきゃ・・」
「い・・嫌です!!」
林は肩ががくがく震えていた。怖がっている。俺は飛び出した。
「おまえ何やってんだ!」
俺は、飛び出すなりそいつに体当たりした。そいつは、うっ、と短い声を出すと林から手が離れた。
「夏!何でここに・・」
俺は林の手を掴んで逃げようとした。人影が見えたから、そっちに向かってもうダッシュした。
血の気がさーっと引いた。助けに来た人ではなく、そいつとつるんでいる悪らしきやつだった。
「じゃますんな!」
やつらは俺の頭を殴った。林は助けを呼びに行こうとしたが、すぐにそいつに手を掴まれた。
「ちょっ!何するんですか!放してください!」
「うるせぇ!覚悟しろ!」
「やっ・・!私に障らないでください!」
俺は殴られたあと、やつらに頭を押さえつけられ、林たちの様子を見せ付けられた。林がそいつに押し倒されるのが見えた。
林・・!!
俺は殴られるわけじゃなかった。でも、こんなのみたくなかった。
「やめてっていってるじゃないですか!」
林の叫び声が聞こえた。こんなの、嫌だ!俺は目をつぶった。
二、三分位したら、誰の声も聞こえなくなった。変わりに、うわっ。とかうっ!とか聞こえた。その後、俺を押さえつけていた手も無くなった。床に崩れ落ちた。
終わった。林が連れて行かれてしまった。俺は・・俺は・・。どうやって生きていけばいいんだ・・。涙が目から溢れてきた。
「夏!」
もう、林を取られたらおしまいだ・・。
「夏ってば!」
もう・・夏って呼ばれることは・・。
いきなり頭に衝撃がきた。
「いって!」
頭を上げると、そこには林が立っていた。
「り・・林!?」
「そうだけど?夏。」
「な・・!?おまっ・・!?え・・?」
かなりパニックになっている俺に、林は優しく言った。
要所要所まとめると、こうだ。無理矢理押し倒された後、林は巴投げでそいつを払ったらしい。今では封印しているけど、昔黒帯までになった空手の技を次々とかまし、あいつら全員を倒してしまったというらしい。でも、空手の技は無我夢中でやったにもかかわらずものすごい当たりだったという。 林はしゃがんで俺に手を差し伸べた。俺は手に触れた。感覚がある。ふわりと花の匂いがした。あの、林だ。目の前に、本物の林がいる。俺の大好きな林だ。ほっとしたとたん、林の手を引き寄せた。
「林・・!!」
俺は林の顔を見てはっとした。目には涙の痕が。肩も震えている。
「おまえ・・怖かったのか?」
「・・うん」
当たり前のことを聞いてしまい、ちょっと焦った。何とか取り繕うと思ったけれど、林は泣き出した。
「林・・・・!!」
俺は、気づいたら林を抱きしめていた。林はとうとう声を出して泣いた。
ごめん林。俺が弱かったばっかりに、こんな怖い思いをさせてしまって・・。もう・・二度とこんな思いはさせない。怖がらせたり、泣いたりしない。・・・おまえの笑顔を俺が守ってやる。絶対に。必ず。今回のことは、林の心にずっと残るだろう。でも、俺が埋めてやる。汚い物や闇にまぎれたものを全部取っ払って、砂時計のような綺麗な砂で心をいっぱいにしてやる。
泣き崩れる林の肩を抱きながら、俺は誓った。