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遊佐 はな
遊佐 はな
novelistID. 16217
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政府公認秘密機構「なんでもや」。vol1

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Draft card

商店街から路地を入り、数件目。
ひっそりとした路地の片隅にひっそりとそびえるビルの三階。
看板が出ているわけでも表札が掲げられているわけでもないとある一室。
そこにあるのが政府公認秘密機構―通称「なんでもや」
政府に持ち込まれた厄介ごとを一手に引き受ける部署である。
しかし、その全容は庶民に知らされることは一切ない。
名前も存在も、それから彼らのことも一切、誰も知る由もない。

「あちぃ…」
茹だるような8月の最中。
開け放たれた窓からわずかにそよぐ風に声を乗せたのは瀬戸さんだった。
「世の中にはクーラーという文明の利器があるわけなんだが…なぜ目の前にあるものは動かないんだ」
壁に取り付けられているエアコンを恨めしそうに見上げた。
「今月も電気代が払えなくて」
流れる汗を腕でぬぐいながら、ボクは瀬戸さんに苦笑を見せる。
「なんでだよ!先月あんなに働いたじゃねぇか」
渾身の力を込めた瀬戸さんの怒声にボクはただ「はぁ」とため息を漏らすしかできない。
確かに先月の案件はかなりのハードなものだった。
発端は九州にある、とある議員の選挙事務所に爆弾が仕掛けられたというタレコミから始まったのだけれど。
「あんなクソめんどくせぇ仕事したってのにアイツらまた足元見てんだろ。アオ。先月の明細出せ」
この事務所の雑務一切を任されているボクに、瀬戸さんの鋭い視線が飛ぶ。
ボクは仕方なしと、先月いただいた「報酬」の明細を瀬戸さんに手渡した。
「ひぃふぅみ…5,523,189円…オイオイ!500万も入ってるじゃぁねぁかよ!これでなんで金がねんだ?」
眉間に皺を寄せ、ボクを睨み付けてくる瀬戸さんに、ボクはまた苦笑いを浮かべるしかできない。
「てめぇのせいだろが!」
どう答えていいのかわからないでいるボクを案じてか、はたまた瀬戸さんの怒鳴り声が大きすぎていらついていたのか、この事務所の所長である神さんが机を蹴飛ばして怒鳴り散らした。
「宮崎のみやげもん屋で商品壊した弁償代金50万。博多の屋台壊した弁償が200万。そのほかにも前回色々やらかしてくれたよなぁ?その分が差っぴかれてんだよ。このアホガッパ」
最後は吐き捨てるように言って神さんは懐からタバコを取り出す。
確かに報酬は500万という金額を貰ったは貰ったのだが、それは経費込みの金額であり、神さんの言ったように何かあるごとにそこからどんどんと引かれていってしまう…
何事もなく事件が解決できたらいいのだけれど、いかんせんこの人たちのこと。
今まで一度たりとも「まとも」に仕事を終えたことがない。というのが実情。
神さんの深く刻まれた眉間の皺を見ていると、ボクもまたため息が漏れる。
「なんだとぉ」
カッパ呼ばわりされたのが気に障ったのか、はたまた自分がやらかしたことを並べ立てられた腹を立てたのか、瀬戸さんは神さんに詰め寄った。
「てめぇだって線路ぶっ壊しただろが(怒)アオこいつが壊した線路の弁済金いくらだ?」
ボクは一瞬声を詰まらせる。
このまま素直に答えていいのだろうか…?
「300です…」
頭から蒸気でも噴出さんばかりの瀬戸さんの迫力に、ボクは思わず小さく呟くように答えた。
いや。答えらざるをえない状況だった。と、ボクは心の中で弁解する。
「300だぁ?てめぇのおかげでクーラーは使えないわ俺の頭は噴火するわ最悪じゃねぇか」
うん。ボクはただ聞かれたことを答えただけで、悪いはずはない。
「ふん。てめぇの頭なんぞ使えたものじゃないからな。そのまま爆破させたほうが世のためじゃねぇのか?」
「なんだとてめぇ(怒」
お互いが胸倉をつかみ合う2人に、ボクは盛大なため息を漏らす。
ここに来てから早1年が経過しようとしていた。
その間この2人のやり取りを延々見続けてきたわけだけど、一言で言ってしまえば子供の喧嘩…
下手にどちらかの肩を持ったりすると逆にこの騒ぎは大きくなる。
ボクも学習しましたヨ。
「まあまあ2人とも。ただでさえ暑いのに…部屋の中がまた暑くなっちゃいますよ」
なだめるように言ったその時だった。
事務所のドアを小さくノックする音が聞こえる。
「あ、お客さんだ」
助かったと、ボクは小躍りするようにドアに駆け寄る。
この2人のじゃれあいは、放っておいたらそれこそ明日まで続いてしまう。
このノックはそんな2人のクッションにちょうどよかった。
「郵便です」
帽子を目深にかぶった男性が一通の封筒をボクに差し出す。
「ご苦労様です」
ボクが少し笑うと、配達員の男性もわずかに笑顔を浮かべ小さく頭を下げた。
そしてその男性はそのまま今来た道を戻っていく。
その後ろ姿を見送り、ボクは扉を閉めた。
「来ました」
ボクは受け取った封筒を神さんへと手渡す。
神さんはその封筒を受け取ると1つ咳払いをし、今まであった不穏な空気をかき消したのちに封を開けた。
中には紙が一枚。
それを広げると、瀬戸さんが神さんの手元を覗き込む。
「召集令状だな」
短く言うと、神さんは紙を机の上に放り投げた。
そこでようやくボクはその紙に書かれた文字を読む。
『20 N』
20というのは20時、つまり今夜8時を指す。
それからKというのは場所。
この場合、ボクらの雇い主―つまり政府のご用場所である永田町を指している。
「今度こそクーラー」
ガッツポーズを決めるのは瀬戸さん。
「今度は何も壊すんじゃねぇぞ」
嫌味を吐くのは神さん。
「なんだっとてめぇ」
再び殴りかかろうとする瀬戸さんを「まあまあ」となだめるのがボク。
何はともあれ、金欠を脱するためには働かなければ!
「とにかく!頑張りましょう」
ボクは笑顔で叫んでいた。