抱き冷えピタ
それも、俺が帰るよりも早く帰ってきて、布団でうんうん唸っているという状態だ。早退したのなら、病院に行けばいいのに、それすらしていなくて、市販の薬が大量に転がっている。転がっているというのは、こいつ、クスリも嫌いで、お子様用の風邪シロップしか飲まないからだ。五本ほど、その瓶が転がっていて、うーうーと荒い息で転がっている嫁というのは、生存本能がないんとちゃうか? と、呆れるしかない。とりあえず、保険証と近くの病院のカードを用意して、負ぶって連れて行ったのは、言うまでもない。
診断は、インフルエンザ。誰だって間違えないだろう診断だ。ただし、新型ではないらしい。ぶちゅっと一発、注射されてクスリも貰ってきた。
「・・・寝てたら・・・なおんのに・・・・」
「どあほっっ、四十度近い熱のおまえを一晩看病するんは俺やんけっっ。」
「・・・・寝てるから・・・・」
「はいはい、寝とれっっ。」
全身、汗でパジャマ代わりのスウェットが、じんわりと濡れている状態だ。まずは、着替えさせて、メシとか水分を摂らせようと、準備する。こんなんでは。メシは食えないから、近くのコンビニへ遠征してチューブパックの栄養ゼリーを買ってくることにした。
着替えさせて、ヒエピタ貼って、水分を摂らせてから、ちょいと外出と、外へ出る。これでは、俺のメシも作ってる暇はなさそうなので、コンビニ弁当も調達する。
・
・
「水都っっ、口ちゅーしてっっ。」
買ってきたチューブパックを口に咥えさせて、やれやれと俺も、その様子を確認しつつメシにする。毎年の事ながら、なぜ、うちの嫁は、インフルエンザなんてものを患ってくるのか、首を傾げるしかない。
・・・・いや、こいつの場合しゃーないったらしゃーないか・・・・・
若い頃、壊れて無茶していたので、俺より風邪に対する免疫力がない。下手すると、夏でもあほしかひかへん夏風邪もひく。
まあ、別に年中行事なので、俺も慣れたもんで、気にならないからええのだ。こいつの世話をするのは、俺の趣味やから。弁当を食い終える頃に、俺の足元にチューブパックが捨てられた。
「お代わりいらんか? 嫁。」
「・・・・みず・・・・・」
死にそうなダミ声と、ふらふらの手が差し出されるので、ペットボトルにストローを差して飲ませる。こういう場合は、ほうじ茶とか番茶だ。水よりは殺菌効果がある。飲み終わると、いつもは、うごうごとして寝るはずなのだが、今日は、さらに手が出てきた。
「なんや? 」
「・・・・・服脱いで・・・・・パン一で・・・・・・来い・・・・・・・・・。」
「はい? 」
「・・・・ポンポンスー・・・・・でも、ええ・・・・」
「いやいや、水都さん? 」
「・・・・はよ・・・・・」
熱で気が触れたらしい。こんな時に、どんな誘いやねんっっ、と、呆れつつ、布団を少し持ち上げてみた。潤んだ瞳と上気した顔が、そこにある。
「・・・かづ・・・き・・・はよ・・・」
「明日したるから。」
「・・・ちゃう・・・・ええから・・・こい・・・」
ポンポンスーというのは、すっぽんぽんのことだ。それで、ちゃうって何するんや? と、思ったものの、気の触れた嫁の世迷言に忠実に従ってみることにした。寂しいから抱いて欲しいのかと思ったのだが、ポンポンスーの意味が不明だ。ベッドに滑り込んだら、ぎゅうっと全身で抱きつかれた。さながら、抱き枕の状態だ。
「・・・はあー・・・・・ほんまやー・・・」
「なにが? 」
「・・・・本に・・・あったんや・・・・おまえ・・・ええ感じに・・・・ひんやりさんやわー・・・・」
俺の胸にぴったりと頬をつけて、嫁はほっと息をついた。確かに、嫁は熱い。四十度近い熱なんだから、平熱が三十五度の俺からすると温かい。まあ、確かにひんやりしてるやろうけどな、そんな用事で、俺をポンポンスーにするって、どういう所業やねんっっ、とはツッコミたいところだ。
「ほんなら、あれか? おまえ、俺を全身冷えピタとして扱こうとるっちゅーことかえ?」
「・・・おう・・・・ええわー・・・・」
せっかく着替えさせてやったのに、熱い熱いと、嫁もパジャマを脱いでしまう。ぺったりと、嫁もポンポンスーで抱きついてくるのは、俺にとっては拷問だと思われた。さわさわと、あっちこっち、冷たいところを熱い手で触り、足は絡ませてくるのだ。
・・・・・どんだけ修行させたいんじゃ、水都・・・・・
こちらは、至極健康体なのだ。いろいろとやられたら、我慢がきかへんっちゅーのよっっ。
「・・・・・いま・・・なんもわからへん・・から・・・・このまま・・・・つっこんでもええで?」
「へ? 」
「・・・・くくくくくく・・・・・かぜ・・・うつしたら・・・・なおるやんか・・・」
「そんなんしたら、おまえ、明日、動かれへんで? 」
「・・・ええよ・・・」
「どあほっっ、はよ、寝てまえっっ。」
「・・・あほは・・・おまえじゃ・・・・」
くくくくく・・・と、身体を震わせて、俺の嫁は笑っている。気が触れていると、喜怒哀楽もはっきりと出るものらしい。さらに、追い詰めようとする熱い手を掴まえて、ぎゅっと逆に抱き込んだ。
「サービスしてくれるんやったら、正気の時にしてくれ。だいたい、おまえ、今、起たへんやろ? しんどいだけやで? 」
「・・・・たたんでも・・・おれ・・ええんやけどな・・・」
「いや、俺が楽しないから。」
「・・・こまかいこと・・・・こだわるんやなあ・・・・ダンナ・・・・」
「細かいか? 結構、重要なとこちゃうか? そこは。」
だらだらと、くだらない起つ起たない話をしていたら、嫁の身体から力が抜けた。やれやれと、服を着せ直して、布団から俺は出る。
「危なかった。危うく、鬼畜な行いするとこやったわ。」
俺は脱いだモンを抱えて部屋を出た。もちろん一緒に寝るが、まあ、風呂場で処理なんぞしてこないと寝られへんわけで、そっちの用事から片付ける。幸い、明日は土曜日で休みやから、俺が感染しても、病院へ行けばええだけのことや。
・・・・・・明日には、熱下がるとええねんけどなあ・・・・・
あの様子だと、二日ぐらいは熱でうごうごしていることだろう。それはそれで見てるのも、世話するのも楽しいから、まあええんやが。あの技だけは、危険やから気をつけようとは思った。誰じゃ、あんなこと小説に書いたヤツはっっ。俺の根性試しなんかいらんのじゃっっ、と、内心で叫びつつ、風呂に入った。