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殺心未遂の顛末

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Dear,Tear(親愛なる涙様へ)





「もし俺が死んだらどうする?泣く?笑う?」



聞いてみたのはただの興味。
たまたまテレビから得た知識をちょっと自慢したかった、ってのもある。



「笑うって、どういうことだ」
「さっきテレビで見たんだけど、昔の日本では死者を泣いて送ってたみたいなのね。でも魏志なんとかでは死者が悲しくないように?笑ってたんだって。
だから行はどうするのかなって」



それと、こないだ人類として俺らのことを考えるなら人間同士の恋愛関係は近親相姦になる、とか小難しいこと言ってたから、俺もなんとなくそういう小難しいことを言ってみたかった。
だから、そんな顔をするなんて思わなかった。



「・・・・死ぬのか」



ぼそり、感情のこもっていないやけに無機質な声。
顔を上げて覗き込んだ先の目の奥はどこまでも空洞で、そして暗く深い。
もう悲しむのも時効だ、と両親の死を割り切ったように言った声がかすかに震えていたのを俺はまだ覚えている。あの時抱きしめたいと思ったのがきっかけなのか、今はこうして隣で「恋人」として座ってる。



「あくまで、冗談。でもいつかは人間死ぬんだしさ」



どこかで黒いノートに名前書かれててあと40秒後に心臓発作で、とか、酒大好きだしヘビースモーカーだしで肺とか肝臓が悪くなったり、交通事故だってもちろんある。誰かの恨みを買ってて殺されるかもしれないしね。
天寿を全うした先には、老衰でだって死ぬ。
人魚の肉食べたとしても、800年先にはきっとこの世にはいないんだろうな。
賢者の石だってまた然り、人間死ぬときは死ぬ。



「泣くか笑うか、って・・・俺が泣けないの、知ってるだろ」
「じゃあ笑う?」
「笑うのもあんまりうまくない」
「俺は可愛いと思ってるよ」
「それはお前の趣味が悪い」



親が死んでから涙腺がおかしくなった、と俺らの恩師の葬式で行は言った。
14歳からの13年間、泣きたいと思っても涙が出ないらしい。姉弟2人だけで生きていくって意地みたいなもんがあって、泣くもんかって思ってたらいつの間にか泣けなくなってた、って聞いた。



「でもほら、ショック療法ってあるじゃない」
「・・・・ああ」
「だから、泣けるようになるかもよ?俺が死んだら」
「そこまでして治したいものでもない。不便なのは冠婚葬祭くらいだ」
「でも俺は行の泣き顔が見てみたい。絶対可愛い」
「ショック療法とやらでお前死んでるけどな」
「ひでぶ!・・・そうでした」



今までで13年分の哀しみが詰まった涙はどんな色をしているんだろう。少しだけ白く濁ったような普遍的な色ではないんだろうなぁ。きっとどこまでも澄んだ透明な液体だと俺は思う。
行が涙を流すところを想像してみた。
死について考える、あるいは思い出すときのいつもの暗く深い洞から溢れ出すようにぽたりと一粒、滴が頬に落ちる。
想像の中のその表情はすごく綺麗だった。



「でも、笑うよりは泣くだろうな」
「誰が?」
「俺が。泣けるかは分からんが、人が死んで笑うのは日本人には無理だと思う。お前が言った魏志なんとかは中国の歴史書だしな」
「あ、そうだったの」
「・・・・悠なら、どうするつもりだったんだ?」
「何が?」
「俺が死んだら」
「泣く。そりゃもう絶叫。荒れた生活送りそー」



だから絶対早死にしないでよ、なんて確証もない約束を取り付ける。自称下手くそな笑顔で分かったよ、と渋々指切りをしてくれた行もそんなこと当たり前に分かってるだろうけど。俺より数倍頭がいいから。



「・・・・・・分かった」
「ん?」
「笑うか泣くか。さっき一応泣くとは言ったが、今のところ一番明確な答えが見つかった」
「おー!・・で、何?」
「多分笑いも泣きもしない。死ぬ」



先に死ぬのがだめなんなら、残されるのももう嫌だから今の俺なら迷わず後を追う。
あっさりと、今日の晩飯の献立を言うみたいにそう言った。
その言葉にはさすがの俺も完全に不意をつかれて、行とは反対に最近めっぽう弱くなった涙腺の栓がすぽんと抜けた。アラサーの男の濁った涙が視界のふちに溜まり出す。
俺はまだ生きてるぞ、と間の抜けた慌てた声が可愛くて、汚い涙をだばだば流しながら隣に座る不器用な恋人に抱きついて、ごめんね、だいすき、とだけ言って、しばらく泣いた。
涙を忘れた心の声が聞こえた気がしたけど、何て言ったのかまでは分からなかった。






作品名:殺心未遂の顛末 作家名:蜜井