桜の木の下で会いましょう
「うん、きれいだけど…なんだかちょっと怖いかな」
大学のよくあるサークル歓迎コンパ。3年生になった塙(はなわ)幸一は早くもお
目当ての子に声をかけ、本来の目的である美女の勧誘に成功していた。長い黒髪に
白い肌、桜色の頬の美人である。彼女を連れていったのは少し離れた桜の名所、た
だし、いわく付きの。
「この桜の下で死んだやつがいるらしいんだ。」
そおっと、ささやくように言う。
「え?」
「誰かが恋人に捨てられて、この木の下で自殺したんだって。で、男と女でここに
来ると、どちらかが確実に死ぬって言い伝えが…」
「……」
「な~んて、嘘うそ。ただの男と女じゃきっとダメなんだよ。ちゃんと恋人同士に
ならないと呪われちゃうんだ。だから」
男の手が女性の肩にまわる。心霊スポット情報をネタにしたナンパ術だ。女性は当
然震えていると思ったが、彼女の身体はまったく動かない。
「――怖くないの?」
「大丈夫よ。だって…あなたが、いるんでしょ?」
彼女が手を組み、指を絡ませる。一瞬喜んだが、次の瞬間には硬直していた。その
指は氷のように冷たい。
「そ、そうだけど」
塙は動けない。ざあっ、と、桜の花びらが舞い散る。
「そう、桜の木の下には、恋人が一緒にいなければならないの。ずっと、ずっと」
白く美しい顔が、息がかかるほどに近づく。
彼女は息をしていなかった。
<終>
作品名:桜の木の下で会いましょう 作家名:JIN