巣箱の鳥
古い鳥の神様を奉っており、一心に願いをかければ人を鳥に変化させ、飛び立たせ
るというのだ。木の前の祠はちょうど人が入れる大きさである。酔狂な者なら中に
入ってみようと考えるかもしれない。刑事という仕事柄、私は中を覗いてみた。手
配中の強盗殺人犯がこの付近に潜伏しているらしいのだ。万が一、ということもあ
る。
ぎい、と古ぼけた扉が開く。
中は…淀んだような暗さ。いくら目を凝らしても中が見えない。かといって人が
いる訳もない。葉で廻りが薄暗いせいだろうか。諦めて扉を閉めようとしたとき。
「にゃあ」
木の実を啄ばむ小鳥を追って、猫が中に飛び込んだ。鍵がついているわけでなし。
踵を返していた私は気にもとめずにそのまま神社を去った。
三日後、祠の嫌な言い伝えを聞き、胸騒ぎがした私はまた巨木の前に立ってい
た。近所の老人たちの話によると、罪を犯さぬ者、心正しき者にはその祠はくぐれ
ない、というのだ。
くぐる?
と、いうことは、あの祠には抜け道があるのでは? 昔の罪人が逃れるためあの場
所に隠れ、なおかつ他の場所へ逃げ出せるようになっていたとしたら。
私は祠とその背後の巨木を調べた。…だが、そんな仕掛けなどどこにもなかった。
あったのはちょうど巨木をはさんで対の場所に掛けてあった、鳥の巣箱だけである。
落胆し、帰ろうとしたその時。微かな鳴き声が聞こえた。幻聴ではない。猫の鳴き
声だ。
どこから?
耳を澄ますと、それは、その巣箱から聞こえてくるのだった。とりたてて変わった
ところもない木の箱。だが、その穴は何も見えず、濁ったような黒が蠢いているよ
うにも思えた。
また猫が鳴く。
今度ははっきり聞こえた。そして。
ぐじゅる、と柔らかい何かと液体がたてるおぞましい音。
私は巣箱の穴を覗き込んだ。鼓動が早くなる。つばを飲み込む音さえ聞こえる。
精神は見るのを拒絶するのに、目を離すことができない。黒い穴は、私を見つめ返
す瞳となっていた。
「ぎ、にゃあぁ」
突然噴出す血しぶきとともに「それ」はずるりと飛び出してきた。咄嗟によけた
私は吐き出されたものに目をやった。
鳥の大きさに、潰され、ねじれ、伸ばされた肉の棒塊。嘴のように尖った先は血ま
みれだが猫の鼻のようにも見えた。あまりのおぞましさに私は立ちすくんだ。
携帯が鳴る。我に返った私は電話を受けた。犯人が2日前に祠に入ったのを見たと
いう通報があったらしい。
ゆっくりと、
私は暗く濁った穴を眺めた。再び聞こえる穴の奥からの音と叫び声を聞きながら。
< 終 >