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嗚呼 穏やかな景色とは不釣合いなまでの赤さが眼に沁みて

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死体は、ひとつもないはず。
俺はそれを確認して、呻いて倒れている男共の中に一人佇む影へと距離を取って近づいた。
注がれている視線の先には倒れている男たち。
敵も、味方も、どちらも負傷していた。
無感情という言葉をそのまま投影した様な表情で彼らを見ていたのを、俺は耐え切れず声を掛ける。
何に耐えられないかって?

俺を見ていないことに。

「先輩」
声を掛ければ緩慢とした動作でこちらを向いてくれた。
「青葉君。みんな怪我しちゃったね・・・」
そういう先輩も無傷ではない。
泣きそうな顔をして、悲しそうな視線を巡らせる。
「先輩」
もう一度呼べば、今度は何時も通りの笑顔でこちらを向いてくれた。
「でも、これで何とかなりそうだね」
にっこりと、無邪気に微笑む笑顔は童顔な顔をさらに幼く見せている。
「はいっ・・・!」
こんな状況で微笑むその無邪気な狂気に俺はただ喜びを感じていた。
先輩が向けてくれる笑顔、悲しみ、狂気、全てが俺を満たしてくれる。
俺が見つけた、俺だけの先輩。
捻れて、捩れて、裏と表がくるくると入れ替わるメビウスの輪のような処に居ると先輩は気づいているのだろうか。
いや、気づいていない方がいい。
それでこそ俺の先輩だから。
「じゃぁ、僕らは先に行こうか」
それは命令でも何でもなく、誘うように優しく掛けられた声。
「はいっ!」
俺はぞくぞくと這い上がってくる感覚に震えながら、主人に呼ばれた犬のように大きく頷き、痛む身体も考えずに走り寄る。
先輩に笑顔を向ければ、先輩も微笑み返してくれた。
2人で学校から帰る放課後のように歩き出し、たわいもないように見える会話を始める。

「でも、人がかなり居いなくなっちゃたね」
「大丈夫です!あいつらゴキブリ並みにしぶといですからすぐに起き上がってきますよ」
「そうかなぁ?」
「えぇ。それに俺も居ますよ?」
「青葉君、あんまりケンカ強くないじゃない」
「えー?先輩よりは強いですよ?」
「う、まぁそうだよね。あーあ、こうして人の大切さが解るのかなぁ」
「先輩、ちょっとジジ臭いですよ」
「ジジ臭いっ!?一つしか違わないのに、酷いよ青葉君」

俺は笑って、先輩は困ったように笑いながら眉を下げた。
左手はまだ痺れて動かない。
先輩は額から血を流していて、かなり痛そうだ。

「青葉君、もう少しだから。よろしくね」

先輩は俺へと優しく微笑みかける。

それは、愛しい恋人へ向けられる様な。
それは、妄信的な殉教者の様な。
それは、絶対的な主の様な。

そんな笑顔で微笑みかける。

「はいっ。最後までお供します。」

だから俺も、先輩にだけ向ける笑顔で答えた。

狂気ならすでに飲み干した。
在るのは只の、狂喜のみ。