椚如月・客随想
毎日そこに通う。アパートＦの玄関をでると、向かいのアパートを見やってから。今日もあのアパートの人間は変だ。まあ、そういう人たちを集めたというのがあの大家だ。年も離れていて友人というわけではないけれど見知っている間柄でよく飲みに行くことがある、その人の話を聞くにつれ「僕らはまだましだ」と思える。それは自分たちが変ではないと言う証明にはならない。彼らほど突き抜けていないから目立っていないだけで。
ラブホテル街の一角にあるビルの地下で行われているのがそのバンドの集会である。はっきり言ってこれほどいい隠れ家はないだろう。隠れ家バンドとして素顔をさらさずにこの部屋にきてから仕込みをし、上の階にあがる。地下に二つの入り口があることも、その二つ目の入り口が隣のビルにあることも知る人はいないだろう。オーナーがいっしょであることにすら誰も何も考えないから。
そこにいつもドラムをたたきにいく。そしてその日の金を稼ぐ。客はみんな変な連中ばかり。もっとも変な商売をしているわけではなく、真っ当なサラリーマンだが、彼らはただひたすらに騒ぐだけ。騒ぐ中で女をどこかへ連れ込む。夜になってほしくなった女を抱くためにわざわざ来るのがなぜ平日の昼間なんだ？サラリーマンならぬサボリーマンではないか（給料ドロボーとも言う）と普通に考えるが、すぐに止められる。
「金さえ入ればどうだっていいだろ」
「…まあ、そうだな」
「俺たちは自分たちの為にいきる」
＃
女を連れてどこかへ去るサラリーマンが逮捕された。違法薬物所持及び使用の疑いだろうな、と。
「どこかへいくか」
「そうだな。いい物件探しでも手伝ってくれ」
捕まるのは客だけ。客が悪いのだから、仕方がない。俺たちは場所提供の見返りにバンドをしているだけで、客が何を持ち込み、何を求めてやってきているのかなんてどうだっていい。