僕の中のあの子
それがどうしょうもなく嬉しくって
どうしようもなく悲しいんだ。
家に帰ると「お帰り」って僕の中で囁くよ。
だから僕は心の中で「ただいま」を言うんだ。
僕の肋骨の内側で鳴る心臓に合わせて囁くんだ。
「おはよう」、「おやすみ」、「がんばって、がんばって」
何度も何度も−ー本当のあの子に話しかけられない僕に向かって。
本当のあの子はもういない。
なのにあの子は心の中。
僕の手なんて届かない。
抱きしめた時の甘い匂いも、さらさらとした髪も、やわらかな身体もない。
なのにあの子は心の中。
今までで一番近い場所にいる。
僕の内側で笑ってる。
まるで土の下の彼女の一部が
僕の中に残ったみたい。
今日も彼女は僕の中。
肋骨の内側で縮こまる心臓を優しく撫でる。
いつもと同じ優しい声、いつもと同じ優しい笑顔。
両手を口の横にメガホンみたいに当てて
はにかみながら僕に言うんだ。
「がんばれっ、がんばれっ、生きて」って。
部屋で膝を抱えて目を閉じて、ずっとずっと、自分だけを見ている僕に。
今日もあの子のお墓参りに行けなかった僕に。
お葬式にさえ、行けなかった僕に。
彼女がもう居ないこと、まだ認められていない僕に。