年末風景
深夜帰宅上等、午前様全開なんてことになってくると、機嫌も悪いし、顔色も悪い。遅すぎて食事も、おざなりになりがちだが、食べさせないと餓死する。というのも、俺の嫁は、軽い物ぐらいは食っているが、基本、晩メシは、家で、という人間だからだ。だから、午前様であろうと、必ず、お茶漬けくらいは食べている。
なんでもいいから、晩メシを食え、と、昔は注意していたが、「あほかっっ、その時間があったら、仕事終わらせて家へ帰るんじゃっっ。」 と、可愛いことを言ったので、もう言わない。
つまり、それは、俺の顔を早く見たいと言い換えられると思うからだ。自惚れではない。なんせ、俺が寝ていても、ヤツは寝室へ押しかけて、「ごはんーー」 と、暴れるからだ。
今日は区切りがついたのか、割りと早めに帰宅した。へろへろと居間へ座りこみ、パタンとこたつに足を入れて倒れこむ。
「みなと、スーツが皺になるから、それだけは脱げ。」
「もう、ええ。」
「あほかっっ、プレスすんの、俺やんけっっ。」
で、俺の嫁は、梃子でも動かないので、仕方なくネクタイから外す。どこの小僧じゃっっと、怒鳴りつつ脱がせるのだが、割りと、これは楽しい作業だ。
「なあ、花月。」
脱がせている途中で、珍しく、俺の嫁が起き上がった。
「なんや? ズボン・・・・ほれ、腰浮かせんかい。」
「腹減ったんやけど? 」
「ああ、できてるけど、スーツだけな。」
「ついでに、疲れてやりたいねんけど? 」
「はいはい、風呂で洗ろてからな。」
「・・・・おま・・・せっかく、人が誘ったってんのに、それだけかい? 」
「なんでもええわ。せっかく、はよ帰ってきたんやから、メシを食うてくれ。」
「メシいらん。」
「このどあほっっ。餓死したいんかいっっ。」
「一食抜いただけで餓死できんねやったら、俺、とうの昔に三途の川渡ってる。」
疲れていて、もう動きたくないのか、俺の嫁は、ぐたぐだと文句を吐くと、また寝転がる。とにかく、スーツだけは脱がせて、ワイシャツにトランクスなんて格好にさせることだけは成功した。
「ちょっ、みなと。そこで寝るなよ? 」
「わかってる。・・・・ダーリン、あーんってしてぇー」
「おまえ、酔ってるんか? 」
「いや、もう手動かすのも面倒なんよ。食わせろ。」
「うわぁー、どこのお代官様? それ。」
ものすごいことを言っているが、俺は別に気にしない。これは一種の甘えだから、これはこれで楽しいからだ。こたつに食事を運んで、「しょうが焼きやけど、にゃんにゃんしたったほうがええんか? ハニー」 と、声を掛けた。
「おまえの噛んだんなんかいらんっっ。」
「ほな起きて食べ。俺も、まだやったら、自分のを先に食うで。」
けっっと、舌打ちして、俺の嫁は、のろのろと起き上がって箸を手にする。体力をつけさせるべき豚のしょうが焼きにした。付け合わせは、キャベツの千切り。それに、大根の味噌汁という陣容だ。
いただきます、という挨拶もなく、がつっと、箸で豚を掴むと、はぐはぐと無言で食べているところを見ると、本気で空腹だったらしい。一心不乱に食べている俺の嫁というのは、なかなか楽しい。それも、料理の熱さを気にしないで、がつ食いしているところが、なかなか、俺の心をくすぐるのだ。俺の嫁は極度のネコ舌で、熱いものは食べられない。だから、用意する料理は適度に冷ましてある。それを本能的に知っているから、俺の嫁はばくばくと食べているのだ。味噌汁を、ごくごく飲んでいるところなんぞ、我が家でしか見られないレアな動作だ。
「ええなあー和むわー。やっぱ、俺、おまえを嫁にもろてよかったわ。」
作ったものを、食べてくれる姿というのは、とても嬉しいものだ。それも、空腹を我慢して家まで帰ってくるというのが、さらに、いとしさを倍増させる。
俺が何をわめこうと、スルーしているのも、おかしい。まあ、いいのだ。存分に食べさせて満足させたら、今度は俺が満足させて貰うんやから。