髪を切るコト
人は髪を切る。
失恋したから。
気分転換に、
髪が邪魔になったから、
嫌な事があったから。
肩まで伸びた髪の毛を私は切った。自分の手で切った。
髪を後ろで一つに束ねる。その束ねた房をハサミでジョキジョキと切った。
ジョキっと切るたびに、自分の頭から髪が離れていく。
それが少しだけ清々しかった。
鏡で見た私の頭は、両サイドの髪が長く、後ろにいくにしたがって短くなっていた。
毛先はギザギザでなかなか酷い見栄えだった。
新聞紙の上に落ちた髪の毛。
ザックリ切った一房がそこに横たわっている。
それを見て、その分だけ心が軽くなった気がした。
嫌な事は忘れてしまおう。
水に流して、髪に流して。
切った髪を触る。ギザギザな毛先。無くなった髪。
センチメンタルな気分に浸ってみる。
時にはそんな時間が必要なんだと感じて知った。
切った髪を新聞紙に丸めてゴミ袋に突っ込んだ。
全てがゴミ袋行き。
そんなゴミ袋を背に私は窓を開けて深呼吸した。
肺がめいっぱい膨らむのがわかる。
カンカンカンとドアごしに鉄の階段を上がってくる足音が聞こえた。
そして私の部屋のドアがガチャガチャと鳴り出す。
この部屋の鍵を持っているのは私ともう一人だけ。
「…どうしたのっ!」
私の頭を見て至極真っ当に驚いた彼。
「エヘヘ」
取りあえず笑っておいた。
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彼は新聞紙を取り出すと、それを部屋に広げ、その中央に椅子を置き私を座らせた。
私の首にタオルが巻かれ、余っていたゴミ袋を裂いて私に巻き付ける。
彼はテキパキと私の髪を切る準備をしていた。
彼はとても要領がいい。
準備が整うと、最初に私の頭にフシューフシューと霧吹きで水を吹きつけた。
そして櫛がスーと髪に通る。
パチンパチンと所々髪を束ねてピンで留め。
シャキシャキと髪にハサミが入る。
私が切った時とはまるで違う音。
「器用だよね」
彼は手先が器用だ。それに手も綺麗。時々彼のツメにマニキュアを塗りたい衝動にかられるくらい綺麗。
「残念ながら、器用貧乏だけどね」
クスクスと笑いつつも、彼のハサミは軽快に動く。
「嫌な事でもあったの?」
彼はまるで、「お茶飲む?」とでも言うようにそう言った。
「あったけど、無くなった」
髪に流して、忘れたから。
「そう」
無理に聞かない彼のこういう所が好きだなぁと思う。
「できた」
彼が私に巻き付けたゴミ袋とタオルを取る。
私は切った髪を踏まないように洗面台へ向かった。
鏡を見ると、私の頭は綺麗なショートカットに変わっていた。
毛先のギザギザはどこにも見あたらない。
「どうでしょうか」
「とても良いと思います」
私は髪を切った。
私は髪を切ってもらった。
その二つには大きな違いがあって。
彼に髪を切ってもらえて幸せだと思った。
「きっと美容師になれるよ」
「君の髪を切るだけで十分だよ」