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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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「おまわりさん。あれ。あれです」

 その人が指さす先、防波堤の先の方には波の中に浮かぶ人形のようなものが見えました。

 消防署や役所の福祉課にも連絡を入れておきましたが、まだ到着していません。わたしはちょっと怖くなって、あれが人形であってほしいと心の中で念じました。
 しかし、近づいてみるとそれは本物の人間でした。うつぶせで杭に引っかかっています。
 水死体は水気を含んで膨張するのでかなり膨らんでいましたが、着衣の色やデザインから若い女の人のようでした。

 海水のにおいに混じった異臭が漂ってきます。わたしはこれが真夏でなかったことに感謝しました。夏だったらもっと腐敗が進んで近づくことさえできなかったでしょう。

「た、田中。おれはもう一度消防署に連絡を入れてくるから、おまえ、ここで待っててくれ」
 死体の状態に青ざめた先輩は、そそくさとその場から離れてしまいました。

 この頃はまだ携帯電話など影も形もなかったものですから、パトカーまでもどって無線で連絡をする以外ありません。先輩はうまく逃げたのです。
(ええ? おれだっていやだよ)
 わたしは泣きそうになりました。
 それにくだんの釣り人も、
「おまわりさん。じゃあ、わたしはいいですよね。もう関わり合いたくないし」
と言ってさっさと歩き出します。
「ちょ、ちょっと。いや、まだおききしたいことが……」
 わたしのことばに耳を貸さず、釣り人は行ってしまいました。
(そ、そんなぁ)
 わたしはぼうぜんとその場に立ち尽くしました。

 だって、そうでしょう。水死体と二人っきりなんですよ。おまけに日は西に傾いて、だんだんと夕暮れが迫って来ています。
 春とはいえ、夕方になると肌寒くなってきますし。
「いやだなあ。勘弁してよ」

 見まいとしてもやはり気になります。わたしは横目でちらちらと波間に漂っている死体をのぞき見しました。
 そのとき、少し大きなうねりが来て、死体が大きくゆれたかと思うと、突っ伏していた体がくるりとひっくり返ったのです。
「ひゃあ」
 わたしは恐怖で震えました。ええ、もう、警察官じゃなかったら、さっきの釣り人のようにさっさと帰っていたことでしょう。

 しかし、わたしは職業意識からの責任感でしょうか、死体をしっかり見ようと踏ん張ったのです。
 死体の顔は長い間海水に浸っていたため、崩れていました。魚のえさになっていたのでしょう。目の部分は黒い穴になってほお骨が見えていました。

 そのときふと、気がついたのです。

「あれ? 1、2、3、4……」

 グローブのようにふくれている手を見たとき、違和感を覚えたわたしは、何気なく指を数えたのです。

「5、6。え? まさか。そんな……」

 わたしは呆然としました。

作品名: 作家名:せき あゆみ