大きな猫10
たぶん、俺は、それが、記憶のどこかでひっかかっていたのだろう。
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「おまえ、どこにおるんや?・・・・ああ?・・・・ああ、そこからやったら、タクシーで・・・・おう・・・・・場所は・・・・うん・・・そうそう。みっちゃんが、酔っ払ってお陀仏しとるんや。」
タクシーに乗ったところまでは、覚えている。堀内が、どこかへ電話しているのも耳には届いていた。酔うと心臓がバクバクして苦しくなる。そうなると、頭も動かない。こういう場合の対処法は、とにかく寝てしまうに限る。アルコールが消化されるまで寝ていれば、起きても苦しくないからだ。
「おまっっ、こりゃ、みっちゃん、まだ寝たらあかんっっ。もうちょっと起きといてくれ。」
堀内は慌てているのだが、そんなものは無視だ。とにかく眠れば苦しくない。だから、俺は眠るのだから。
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俺の嫁が宿泊しているビジネスホテルの近くで、晩メシを食いつつ、連絡を待っていた。急遽、宴会が入ったから、かなり遅くなるというメールは、もらっていたから、気長に待つつもりで、雑誌を何冊か買ってきた。しかし、意外に早い時間に携帯が着信した。名前は、変態親父だ。
「みっちゃんが、酔っ払ってお陀仏しとるんや。今夜、わしとこで、おまえも泊まれ。場所は・・・・・・」
こちらの返事なんか聞かないで、いきなり住所を言い出す。慌てて、ファミレスのアンケート用紙に、住所を書き取った。そこまで、タクシーで来い、とだけ命じて、電話は切れた。酔っ払ったとは珍しい。大抵、俺の嫁は、下戸で通している。正体のない嫁を、変態親父のところへ放置するわけにもいかなくて、とりあえず、タクシーで、指定された場所まで出向いた。
到着して、リダイヤルで、変態親父を呼び出すと、マンションの名前と階数を告げてくるから、その通りに向かった。
「よおう、メロメロ小僧。」
「はあ? 俺の嫁は? 」
「寝室におる。こっちや、おまえ、メシ食ったか? 」
「食った。」
「みっちゃん、そのまま転がしたから、なんとかしといてくれ。」
「へ? 」
「わし、疲れたから寝る。腹減ったら、台所にあるもん食え。」
ただし、ここで、夫夫の営みとかおっぱじめるなっっ、と、釘だけ刺すと、堀内は、別の部屋に消えた。とても広いマンションで、客間があるらしい。その部屋の電気は、煌々とつけられていて、ワイシャツにネクタイをちょっと緩めただけの姿で、本当にベッドに転がされていた。
「・・・水都・・・・・なんぼ飲んだんよ? おまえ。」
普段から、あまり酒は飲まないのに、ここまで酔うなら相当、飲まされたに違いない。とりあえず、水を飲ませて酔いを醒ますほうがええやろう、と、台所からミネラルウォーターを取ってきて、口移しで飲ませた。一本丸々を飲み干して、ほけぇ、と、水都が目を開ける。
「・・・う?・・・・・」
「寝とき、明日、ちゃんと聞くさかい。」
「・・・あ・・・・・」
ああ? と、思った瞬間に、ネクタイを掴まれた。
「・・・・どこ、行っとったんじゃっっ・・・・おまえ・・・・」
「え? 東京やないか。」
「・・・嘘つけっっ・・・・ネタはあがっとんじゃっっ・・・・吐けっっ。」
「せやから研修で東京やって。ヨッパライは寝ろ。」
「・・・ちゃうやろ?・・・おまえ・・・・腹・・・・あれ・・・・」
「ハラ? あーなんかわからんけど、俺が悪かった。話は明日。な? 明日しよ。」
宥めたものの、もう、何を言ってるのかわからないので、とりあえず、寝かせようとしたら、いきなり、ベッドへ押し倒された。それから、何かをブツブツと呟いて、俺のワイシャツのボタンを外そうとする。しかし、ヨッパライは、動きが鈍くて、ボタンが外れない。わたわたと暴れている俺の嫁は、完全に酔っ払っていた。それを冷静に眺めて、溜息を吐く。
・・・・・何をしてくれんねん、あのクソ親父ども・・・・・・
ここまで、見境をなくしている姿なんて、あまり拝めるものではない。だいたい、俺の嫁は、酔ってもほとほとと泣くとか、へらへらと笑っている位の穏やかなヨッパライだ。
「いてぇえええええええええ」
考え事をしていたら、いきなり、ワイシャツの肩口に、俺の嫁は齧りついた。それも、力加減ナッシングだ。俺が痛がっているのを眺めて、今度は笑っている。どういう酔い方? と、こっちが尋ねたくなる乱暴さだ。ヨッパライは、へらへら笑って、それから泣き出しそうに顔をくしゃりと歪めた。
「・・・・もっと・・・痛かったやろ?・・・・・」
「はあ? 」
「・・・・なんで・・・・嘘なんか・・・・・」
「ついてへんっっ。ええ加減にせいよっっ、水都。」
「・・・・俺は・・・おまえの嫁やのに・・・・」
「うんうん、俺の嫁やな? おまえ。」
「・・・なんで・・・ほんまのこと・・・・言うてくれへんの?・・・」
「だから、出張しとったってっっ。嘘ちゃうてっっ。」
「・・・・うそつき・・・・」
「なんの妄想なんよ? それは。」
「・・・・おまえ・・・うそつきや・・・・」
「わかった。俺が悪かった。せやから寝よ。ごめんごめん、俺が悪かった。」
何やら責められているので、とりあえず、謝った。すると、へにゃりと崩れて、俺の上に落ちてくる。
「・・・・俺・・・・おまえがな・・・・あかんねん・・・・ほんで・・・・・」
支離滅裂に喋っている口を塞いだら、酒臭かった。けど、無理矢理に、そのまま、俺の横に転がして暴れないように押さえつけたら、しばらくして、くたりと力が抜けた。へーへーと肩で息をしつつ起き上がったら、ズキズキと肩が痛んだ。ちょいと、そこを見たら、ワイシャツが赤く染まっていて、かなりびっくりした