ニワトリ作戦
ある日、ぼくはテストの成績が悪くてママに叱られた。
そのことばがあんまりひどかったので、頭にきたぼくは、うちから飛び出して、おとなりの庭にかくれたんだ。
日が暮れてきて、ママがぼくをさがしてるけど、ぼくは生け垣のかげでじっとしていた。
まさか、ここにいるなんて思いもしないだろう。なにしろママは、このおとなりのことをあんまりよく思っていないから。
なぜかというと……。
「おや、ショウタくん」
おっと、この家のあるじのおばあちゃんだ。「あ、おばあちゃん。しいっ」
「いったい、どうしたの?」
ぼくがこのおばあちゃんとは大の仲良しだということをママは知らない。
「もう、冷えてきたわ。そんなところにいるのもなんだから、おはいんなさい」
「うん。ありがとう」
このおばあちゃん、着ているものはいつも黒っぽい服で、長いスカートをはいていて、まるで魔法使いみたいなんだ。
おまけに一人住まいのこの家が古い洋館ていうことも、そういう雰囲気を感じさせる。
ぼくにはよくわからないけど、家具もアンティークとかっていうやつだし、部屋の中では太った虎猫と、オウムを飼っている。
いつもここで遊ばせてもらっているから、猫やオウムとも仲良しなんだ。
それから、これがママが敬遠する原因なんだけど、鶏をたくさん飼っているんだ。
その鶏小屋のある場所が、ちょうどうちとの境目だから、ママは朝早くから鳴き声がうるさいと言って、迷惑顔している。
たったそれだけのことなんだけど、ぼくたちがひっこしてきてから、ママはおとなりとはおつきあいをしていない。
「テストの点が悪くて叱られたのかい?」
おばあちゃんはあったかいミルクセーキをいれてぼくにすすめながら言った。
「え? なんでわかるの?」
「ふっふ。今時親が子どもを叱る原因なんて、そんなもんだよ」
おばあちゃんは深い灰色の目でぼくをじっと見ながら笑った。
「ママってば、ひどいんだ。覚えが悪いにわとり頭だなんて、ぼくのこと……」
叱られたときのママの怖い顔とひどいことばを思い出して、ぼくはつい涙ぐんだ。
「にわとり頭だって?」
「にわとりって、三歩歩くと覚えたことを忘れちゃうんでしょ?」
おばあちゃんは、きょとんとしてぼくを見つめたあと、声を立てて笑った。
「あーははははははは。おかしいねえ」
すると、窓際にある鳥かごの中からオウムが同じことを言った。
「アーハハハハハハハ。オカシイネエ」
「いやいや、覚えが悪いって? 三歩歩いたら忘れちゃうって? だれか、ニワトリに算数や国語でも教えたのかい? 」
おばあちゃんはお腹を抱えて笑っている。
「ばかばかしい。にわとりはなんにも覚える必要なんかないじゃないか。卵を産んで、育って、それだけで人間の役に立ってる。人間はその卵を食べたり、肉を食べたりしているだろ?」
「うん」
ぼくはミルクセーキを飲みほした。おばあちゃんが育てたにわとりの卵で作ったミルクセーキは最高だ。
「ママのそのいい方はひどいね。自分の子どもをそんな風にいうなんて。ちょっと懲らしめてやらなくちゃね。よし。おばあちゃんにまかせなさい」
おばあちゃんはいたずらっぽく笑った。
「にわとりだってまるっきりバカじゃない。ちゃんとこっちのことばだってわかるんだよ」
おばあちゃんは鶏小屋に行くと、若いオンドリを一羽つかまえてきた。目つきがきりっとしててりっぱなオンドリだ。
「いいかい。この鳥をつれて、今からあんたの家に行くよ。あんたはこっそり裏口から自分の部屋におはいり。それでね…」
「うん、うん」
ぼくたちは打ち合わせして、家を出た。
「ごめんください」
おばあちゃんがぼくの家の玄関で声をかけた。
ぼくはそのすきに勝手口から家に入り、靴を持って、二階の自分の部屋にあがった。
「おたくのぼっちゃんを連れきましたよ」
「まあ、すみません、ご迷惑をかけて…きゃああ」
ママのすごい悲鳴があがった。
「あああああ、あの、その……」
驚いたママは、ことばもない。
「ええ。このにわとりはたしかにお宅のぼっちゃんですから、送ってきたんですよ。では、これで」
おばあちゃんはすまして、オンドリを玄関におくと、ぱたんとドアを閉めた。
うろたえるママの顔が想像できる。
「こけーっこっこっこ」
オンドリが鳴いた。
ぼくは部屋から出て、階段を二、三段ほど下りた。
ママは玄関にへたり込んでいる。オンドリはきょろきょろしていたけど、ぼくが手を振ったら、階段を上がり始めた。
「よしよし、こっちだ」
ぼくはママに見えないように、床にはいつくばってオンドリに呼びかけた。
おばあちゃんのいうとおり、このオンドリはとっても利口だ。
オンドリがぼくの部屋に入った時、わざとドアをばたんと大きな音を立てて閉めた。
これでママにはオンドリがぼくの部屋へ入ったとわかる。
しばらくすると、ママがやってきた。
「ショウタ。いるの?」
ママはドアを開けずに、声をかけてきた。ふるえているみたいだ。
「うん。いるよ」
すると今度はドアをあけようとしたので、
「だめだよ。ママ。まだぼくはにわとりのままなんだ」
「どうして? どうしてそんなことになっちゃったの?」
ママは涙声だ。
「ママに『にわとり頭』って言われたからだよ」
「そんな……」
ママはしくしく泣き出した。
「ぼくだって困るよ。こんな姿になっちゃって、困っていたところをおとなりのおばあちゃんに助けてもらったんだ。あのおばあちゃんは動物のことばがわかるんだって」
「そうなの?」
「そうだよ。おばあちゃんに拾われなかったら、ぼくはよその人につかまって、今頃は鳥鍋になってたよ。それとも焼き鳥かなぁ」
「……」
ママは声を詰まらせた。もう反省してくれたかな?
「……ショウタ。ママはどうすればいい?」
「ママが、ぼくとにわとりが同じだと思っている限り、いつまでもぼくはこのままだよ」
「ママが悪かったわ。ごめんなさい。もうにわとり頭だなんていわないわ」
「わかった。じゃあ。ぼくを連れておとなりの家に行ってくれる? おばあちゃんがぼくを元に戻してくれるはずだから」
「え? ママ、にわとりなんてさわれないわ。いくらショウタでも」
「だいじょうぶ。自分で歩くから」
ぼくはドアを少しだけ開けて、オンドリを部屋から出した。すると、オンドリは一目散にかけだして、階段を降りて玄関に行った。
ママは急いでそのあとを追いかけて、玄関のドアを開けオンドリを出すと、そのあとをついて行った。
ぼくは大急ぎで靴を持って勝手口からでると、生け垣をくぐっておとなりの庭に入り込んだ。
こっそり窓からのぞくと、リビングでおばあちゃんがママと話をしている。
ママは窓に背を向けてソファに座っているので、ぼくに気づかない。
ぼくは窓越しにおばあちゃんに合図をしてその場を離れ、鶏小屋の方にいって待った。外はだいぶ暗くなったので、ママには小屋の中にいるぼくの姿はみえないだろう。トリックは完璧だ。
まもなくおばあちゃんとママがやってきた。
「さあ、お入り」
おばあちゃんはさっきのオンドリを小屋の中に入れて、入り口を閉めるとママに言った。
そのことばがあんまりひどかったので、頭にきたぼくは、うちから飛び出して、おとなりの庭にかくれたんだ。
日が暮れてきて、ママがぼくをさがしてるけど、ぼくは生け垣のかげでじっとしていた。
まさか、ここにいるなんて思いもしないだろう。なにしろママは、このおとなりのことをあんまりよく思っていないから。
なぜかというと……。
「おや、ショウタくん」
おっと、この家のあるじのおばあちゃんだ。「あ、おばあちゃん。しいっ」
「いったい、どうしたの?」
ぼくがこのおばあちゃんとは大の仲良しだということをママは知らない。
「もう、冷えてきたわ。そんなところにいるのもなんだから、おはいんなさい」
「うん。ありがとう」
このおばあちゃん、着ているものはいつも黒っぽい服で、長いスカートをはいていて、まるで魔法使いみたいなんだ。
おまけに一人住まいのこの家が古い洋館ていうことも、そういう雰囲気を感じさせる。
ぼくにはよくわからないけど、家具もアンティークとかっていうやつだし、部屋の中では太った虎猫と、オウムを飼っている。
いつもここで遊ばせてもらっているから、猫やオウムとも仲良しなんだ。
それから、これがママが敬遠する原因なんだけど、鶏をたくさん飼っているんだ。
その鶏小屋のある場所が、ちょうどうちとの境目だから、ママは朝早くから鳴き声がうるさいと言って、迷惑顔している。
たったそれだけのことなんだけど、ぼくたちがひっこしてきてから、ママはおとなりとはおつきあいをしていない。
「テストの点が悪くて叱られたのかい?」
おばあちゃんはあったかいミルクセーキをいれてぼくにすすめながら言った。
「え? なんでわかるの?」
「ふっふ。今時親が子どもを叱る原因なんて、そんなもんだよ」
おばあちゃんは深い灰色の目でぼくをじっと見ながら笑った。
「ママってば、ひどいんだ。覚えが悪いにわとり頭だなんて、ぼくのこと……」
叱られたときのママの怖い顔とひどいことばを思い出して、ぼくはつい涙ぐんだ。
「にわとり頭だって?」
「にわとりって、三歩歩くと覚えたことを忘れちゃうんでしょ?」
おばあちゃんは、きょとんとしてぼくを見つめたあと、声を立てて笑った。
「あーははははははは。おかしいねえ」
すると、窓際にある鳥かごの中からオウムが同じことを言った。
「アーハハハハハハハ。オカシイネエ」
「いやいや、覚えが悪いって? 三歩歩いたら忘れちゃうって? だれか、ニワトリに算数や国語でも教えたのかい? 」
おばあちゃんはお腹を抱えて笑っている。
「ばかばかしい。にわとりはなんにも覚える必要なんかないじゃないか。卵を産んで、育って、それだけで人間の役に立ってる。人間はその卵を食べたり、肉を食べたりしているだろ?」
「うん」
ぼくはミルクセーキを飲みほした。おばあちゃんが育てたにわとりの卵で作ったミルクセーキは最高だ。
「ママのそのいい方はひどいね。自分の子どもをそんな風にいうなんて。ちょっと懲らしめてやらなくちゃね。よし。おばあちゃんにまかせなさい」
おばあちゃんはいたずらっぽく笑った。
「にわとりだってまるっきりバカじゃない。ちゃんとこっちのことばだってわかるんだよ」
おばあちゃんは鶏小屋に行くと、若いオンドリを一羽つかまえてきた。目つきがきりっとしててりっぱなオンドリだ。
「いいかい。この鳥をつれて、今からあんたの家に行くよ。あんたはこっそり裏口から自分の部屋におはいり。それでね…」
「うん、うん」
ぼくたちは打ち合わせして、家を出た。
「ごめんください」
おばあちゃんがぼくの家の玄関で声をかけた。
ぼくはそのすきに勝手口から家に入り、靴を持って、二階の自分の部屋にあがった。
「おたくのぼっちゃんを連れきましたよ」
「まあ、すみません、ご迷惑をかけて…きゃああ」
ママのすごい悲鳴があがった。
「あああああ、あの、その……」
驚いたママは、ことばもない。
「ええ。このにわとりはたしかにお宅のぼっちゃんですから、送ってきたんですよ。では、これで」
おばあちゃんはすまして、オンドリを玄関におくと、ぱたんとドアを閉めた。
うろたえるママの顔が想像できる。
「こけーっこっこっこ」
オンドリが鳴いた。
ぼくは部屋から出て、階段を二、三段ほど下りた。
ママは玄関にへたり込んでいる。オンドリはきょろきょろしていたけど、ぼくが手を振ったら、階段を上がり始めた。
「よしよし、こっちだ」
ぼくはママに見えないように、床にはいつくばってオンドリに呼びかけた。
おばあちゃんのいうとおり、このオンドリはとっても利口だ。
オンドリがぼくの部屋に入った時、わざとドアをばたんと大きな音を立てて閉めた。
これでママにはオンドリがぼくの部屋へ入ったとわかる。
しばらくすると、ママがやってきた。
「ショウタ。いるの?」
ママはドアを開けずに、声をかけてきた。ふるえているみたいだ。
「うん。いるよ」
すると今度はドアをあけようとしたので、
「だめだよ。ママ。まだぼくはにわとりのままなんだ」
「どうして? どうしてそんなことになっちゃったの?」
ママは涙声だ。
「ママに『にわとり頭』って言われたからだよ」
「そんな……」
ママはしくしく泣き出した。
「ぼくだって困るよ。こんな姿になっちゃって、困っていたところをおとなりのおばあちゃんに助けてもらったんだ。あのおばあちゃんは動物のことばがわかるんだって」
「そうなの?」
「そうだよ。おばあちゃんに拾われなかったら、ぼくはよその人につかまって、今頃は鳥鍋になってたよ。それとも焼き鳥かなぁ」
「……」
ママは声を詰まらせた。もう反省してくれたかな?
「……ショウタ。ママはどうすればいい?」
「ママが、ぼくとにわとりが同じだと思っている限り、いつまでもぼくはこのままだよ」
「ママが悪かったわ。ごめんなさい。もうにわとり頭だなんていわないわ」
「わかった。じゃあ。ぼくを連れておとなりの家に行ってくれる? おばあちゃんがぼくを元に戻してくれるはずだから」
「え? ママ、にわとりなんてさわれないわ。いくらショウタでも」
「だいじょうぶ。自分で歩くから」
ぼくはドアを少しだけ開けて、オンドリを部屋から出した。すると、オンドリは一目散にかけだして、階段を降りて玄関に行った。
ママは急いでそのあとを追いかけて、玄関のドアを開けオンドリを出すと、そのあとをついて行った。
ぼくは大急ぎで靴を持って勝手口からでると、生け垣をくぐっておとなりの庭に入り込んだ。
こっそり窓からのぞくと、リビングでおばあちゃんがママと話をしている。
ママは窓に背を向けてソファに座っているので、ぼくに気づかない。
ぼくは窓越しにおばあちゃんに合図をしてその場を離れ、鶏小屋の方にいって待った。外はだいぶ暗くなったので、ママには小屋の中にいるぼくの姿はみえないだろう。トリックは完璧だ。
まもなくおばあちゃんとママがやってきた。
「さあ、お入り」
おばあちゃんはさっきのオンドリを小屋の中に入れて、入り口を閉めるとママに言った。