夢の散歩
両親のいたく嘆き悲しんでいる姿を見て、僕は自身を責めた。どうしてあの時、あと少し手を伸ばす事ができなかったのか。なぜ妹を、助けられなかったのか。
僕はその日から、泳ぐことができなくなった。
――そうだ……
思い出した。この場所はまさに、妹と二人で夕陽を見た場所であり、そして、妹を失くした場所だった。
途端に意識が「映像」へと戻った。少女の白い顔が、すぐ目の前で僕を見上げていた。口元には、先ほどと同じ微笑が貼り付いていた。
ふと遠くの方から、かすかに少女の笑い声が聞こえた。その声はだんだんと大きくなり、辺りに広がっていく。
――同じだ……
妹が溺れている最中に聞いた笑い声。それは、まさしくあのときの声だった。
過去の忌まわしい記憶が呼び起こされる。胸が締め付けられるように苦しくなる。
気が付くと、少女が大きく口を開けて肩を揺らしていた。まるで笑い声に同調するかのように。少女自身の笑い声であるかのように。
――やめてくれ……
めまいがさらに酷くなり、頭がクラクラする。「映像」が薄ぼんやりとして視界が滲んでいく。
少女の笑い声は数を増し、いつしか大合唱となっていた。僕は薄れゆく意識の中で、妹の笑い声がそこに混じっているような感覚を覚えた。
車が勢いよく通り過ぎる音が目前で聞こえ、あわてて顔を上げた。
そこは、いつもと変わらぬ川沿いの道だった。僕は手摺りに寄り掛かる格好でそこに立っていた。失われていた感覚がだんだんと手足に戻ってくる。
どれくらい時間が経ったのだろう。夜空はうっすらと明るみを帯びていた。随分と長い間、ここに留まっていたようだ。
背中から噴き出した汗が、夜明けの冷風に当てられて肌寒い。汗が顔にも垂れてくる。それは、涙だった。
何故自分が泣いているのか、よく分からなかった。ただ溢れる涙は止まらず、雫が地面にポツポツと落ちた。水音が心地良く耳を打つ。
そこで初めて、雨が降っていることに気付いた。
帰ろう。僕はそう思い、踵を返した。
雨足は次第に強くなっていったが、濡れるもの構わずにゆっくりと歩いた。過去の記憶を全て洗い流してくれるように。
そして、地面が乾くころにはまた、僕はここに来て川沿いを歩き、同じ少女に出会うのだろう。
いつまでも、彼女を忘れないように。