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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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みかんのしあわせ

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『みかんのしあわせ』


 「あ、もいっこ取って」
 「——7個目」
 「ん?」
 「今日、じゃなくて今だけで7個目。いくつ食べたら気が済むわけ?」
 「別にいいじゃん、うまいもんは何個食ってもうまいし、箱いっぱいあんだからさ」
 「だからってごはんがいらなくなるほど食べるのはどうなの。昨日のすき焼き、あんたのリクエストだったのに」
 「……あー、まあそれは反省してる。なんなら今日食うよ」
 「昨日と同じ調子でそれ食べてる人に言われても信じられない」
 「お、さすが。いいとこ突くね」
 「痛いとこの間違いでしょ。まったく、あんたがそんなミカン狂だなんて知らなかった」
 「みかんきょう?」
 「なんなら中毒って言い直そうか」
 「うわ、ひど」
 「その食べっぷりが中毒でなくて何なのよ。いくら実家から送ってきたのがおいしいからって、誰が見ても食べすぎでしょ」
 「そっかなあ。だってめちゃくちゃ旨いよ、これ。文句なしに甘いし、けどほんのちょっと酸味がきいててアクセントあるし」
 「……それは否定しないけど」
 「だろ? それにさあ、ミカンってすごくない? 皮が誰でもむける仕様な上に、このスジ。たぶんおんなじ模様ないんじゃないかって思うぐらいに複雑でさ、芸術的だよな」
 「……………」
 「あれ、なにその表情」
 「別に」
 「————」
 「ちょっ、どこ行くの。ねえ、……なによ、ミカンミカンって。久しぶりに二人とも休みだったから奮発していいお肉買ったのに。百グラム八百円がミカンに負けるってどうなのよ、………………え?」
 「お茶、冷めちゃったろ」
 「……ありがと」
 「どういたしまして」
 「ていうかなんで湯呑み新しいのにすんの。こっち入れ替えてきたらいいじゃない」
 「や、なんか捨てるのもったいなくて。捨てていいかどうかわかんなかったし」
 「聞けばいいでしょ。後の洗い物が無駄に増えるじゃないの。あんたはどうしてそう」
 「だったら後で一緒に洗うって。おまえ細かすぎ」
 「あんたが大ざっぱすぎんの!」
 「その『大ざっぱ』を選んだの自分じゃん。……後悔してんの?」
 「————っ」
 「ん?」
 「…………爪の先ぐらいはしないでもないけど、そういうことするから。でも別にいい」
 「幸せ?」
 「そんなこと聞く?」
 「聞くよ、確認したいから。——しあわせ?」
 「……ん」
 「よろしい」
作品名:みかんのしあわせ 作家名:まつやちかこ