みかんのしあわせ
「あ、もいっこ取って」
「——7個目」
「ん?」
「今日、じゃなくて今だけで7個目。いくつ食べたら気が済むわけ?」
「別にいいじゃん、うまいもんは何個食ってもうまいし、箱いっぱいあんだからさ」
「だからってごはんがいらなくなるほど食べるのはどうなの。昨日のすき焼き、あんたのリクエストだったのに」
「……あー、まあそれは反省してる。なんなら今日食うよ」
「昨日と同じ調子でそれ食べてる人に言われても信じられない」
「お、さすが。いいとこ突くね」
「痛いとこの間違いでしょ。まったく、あんたがそんなミカン狂だなんて知らなかった」
「みかんきょう?」
「なんなら中毒って言い直そうか」
「うわ、ひど」
「その食べっぷりが中毒でなくて何なのよ。いくら実家から送ってきたのがおいしいからって、誰が見ても食べすぎでしょ」
「そっかなあ。だってめちゃくちゃ旨いよ、これ。文句なしに甘いし、けどほんのちょっと酸味がきいててアクセントあるし」
「……それは否定しないけど」
「だろ? それにさあ、ミカンってすごくない? 皮が誰でもむける仕様な上に、このスジ。たぶんおんなじ模様ないんじゃないかって思うぐらいに複雑でさ、芸術的だよな」
「……………」
「あれ、なにその表情」
「別に」
「————」
「ちょっ、どこ行くの。ねえ、……なによ、ミカンミカンって。久しぶりに二人とも休みだったから奮発していいお肉買ったのに。百グラム八百円がミカンに負けるってどうなのよ、………………え?」
「お茶、冷めちゃったろ」
「……ありがと」
「どういたしまして」
「ていうかなんで湯呑み新しいのにすんの。こっち入れ替えてきたらいいじゃない」
「や、なんか捨てるのもったいなくて。捨てていいかどうかわかんなかったし」
「聞けばいいでしょ。後の洗い物が無駄に増えるじゃないの。あんたはどうしてそう」
「だったら後で一緒に洗うって。おまえ細かすぎ」
「あんたが大ざっぱすぎんの!」
「その『大ざっぱ』を選んだの自分じゃん。……後悔してんの?」
「————っ」
「ん?」
「…………爪の先ぐらいはしないでもないけど、そういうことするから。でも別にいい」
「幸せ?」
「そんなこと聞く?」
「聞くよ、確認したいから。——しあわせ?」
「……ん」
「よろしい」