大きな猫4
「ほら、この子、怖くて怯えてるやんかいさ。・・・・はいはい、もう怖くないで? 沢野のおっちゃんが怒ったるさかいな? 泣きなや? 」
・・・・・誰じゃっっ、このアホ呼んだのは・・・・・・余計、ややこしいっちゅーねんっっ・・・・・
常務の沢野は、元々は、こっちにあった会社の社長で、東海にあった会社と合併して常務に収まった。だから、堀内の上司で、現在も、大きくなった会社の経営をしているという、かなり厄介なおっさんだ。神出鬼没で、あっちこっちの店を、チェックしているから、いきなり現れても不思議ではない。保護者代わりの堀内と同様に、俺のことを世話もしてくれたおっさんだが、やることは、堀内に輪をかけてえげつない。
「沢野さん、こんな瑣末なことは、こちらで対処しますから。どうぞ、掛けて待っててださい。」
慣れてないと、このおっさんの温和な口調に騙される。この店長を、どう料理したろーか、とか、考えているのだ、このおっさん。
「いややわー他人行儀にせんだかって、元々は、わしの愛人さんやのに。」
「何ぬかした? このクソ爺っっ。」
「あれ? 秘密やったん? いやー悪いわーバラしてしもたわぁー。」
実は、扉は全開していて、そこから、他の従業員にも丸聞こえするほどの声で、わざと沢野は叫んでいる。余計な噂はいらんのじゃっっ、と、睨んで、乱暴にドアは閉めた。
「もう、ええから黙っとけっっ。・・・・・・あのな、おっさん、あんた、自分の服とか買った金は、公金横領になるんや。せやから、即日クビにできるんやで? それでええんやったら、ここでほざいて、家帰れっっ。」
「なんやと? おまえ、えらそうにっっ。」
「悪いけど、俺も、このクソ親父も、あんたよりエライんは事実や。・・・・・以前のあんたが、どれくらい偉かったか知らんけど、今は、その専務の愛人に顎でこき使われとるんやろ? 」
そう、これで殴らせて、ビビらせて、さっきの路線に乗せようと、ニヤリと笑ったら、「もう、よろし。」 と、沢野が前に出てきた。
「この程度のんは、ようさん、おる。身体張って残すことあらへんで? みっちゃん。」
「いちいち、教育するより、あるもの使うほうがええ。」
「そんな貧乏性な考えはやめとき。今から、退職者が、ようさん出てくるから、もっと優秀なんを取ってもらい。・・・・・・東川、東川。」
扉を再度、開けて、沢野が大声で呼びつける。外食からは、戻っていた東川が、慌てて飛んできた。
「あれ、クビの手続きしたってんか。みっちゃんに罵詈雑言は許されへん。」
東川が顔を出して、「また、あんたか・・・」 と、呆れた顔をした。先日も、昼時に来て、昼時間一杯に騒いで帰ったからだ。
「東川さんっっ、クビって・・・わし、何も悪いことしとりませんでっっ。」
そして、こういうおっさんというのは、自分がやったことが、悪いとは思わない。先日も東川が、ちゃんと説明したのに、理解はしていなかったわけだ。人事の責任者は、別にいるので、東川が、そちらへ、その店長を引きずり出して行った。やれやれ、と、ソファに寝転んだら、沢野が、「ごはん食べようか? みっちゃん。」 と、覗きこんで来た。
「もうええ。俺、仕事あるから。」
「半日くらい、おっちゃんと遊んでくれても罪はあらへんやろう。せっかく、五月蝿いの追い出したったのに。」
「邪魔したくせに・・・・・・あんな小心者のおっさんのほうが、金は使いこまへんから安全や。」
小心者だから、弱いものに吼える。だから、逆に大きなことは出来ないから、安全な店長ではあるのだ。
「堀内が怒ってたで? みっちゃん、怒鳴られても黙ってるんやろ? 噛みついてやったらええのに。」
「いちいち、やってたら、仕事にならへんやろ? ・・・・・堀内のおっさんが、なんで、こんな細かいこと知ってるんよ? 」
「東川に定時連絡させとるからやないか。知らんかったんかいな? 相変わらず、のんきさんやなあーみっちゃんは。おっちゃん、和むわー。」
あははははは・・・・と、大笑いした沢野が、「ほな、卵焼き食べよ。」 と、俺の手を掴んで無理に起こした。なぜ、こいつらは、こうも、俺の安眠を邪魔するかなーと思いつつ立ち上がった。