大きな猫3
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家に帰って、自分の部屋に入ったら、ちゃんとクローゼットに、コートがかかっていた。たぶん、俺の旦那が気付いて出してくれたんだろう。
「水都、先、風呂入り。それから、明日からコート着ていきや。」
台所から叫ばれていることで、やっぱり、と、頬が歪んだ。俺が、どうこう考える前に、俺の旦那のほうが動いている。よくできた旦那なので、そういうことは手が早い。
食事も、温かいものが並んでいる。だが、それほど盛大に熱いものではない。なんせ、俺は猫舌で、熱いものは食べられない。
「湯豆腐とちゃうんか? 」
「おまえ、湯豆腐だけにしたら、栄養失調になるから、豚肉と菊菜だけ追加しといた。」
「これ、水炊きちゃうけ? 」
「どあほ、水炊きやったら、白菜が入ってる。これは、湯豆腐。」
「ようわからん理屈やわ。」
「なんでもええから食べ。豆腐は、そこに順番に冷やしてあるやつな。」
俺の前には、取り皿が何個か並んでいて、それに、豆腐が、一個ずつ入っている。俺が着替えている間に、準備してくれたらしい。よう、こんだけ手間かけるなーと呆れるのだが、旦那に言わせると、十年もやると癖になって、面倒ではないらしい。
適当に、冷やされた湯豆腐を食べながら、のんびりとテレビを眺める。これといって会話することもないから、ふたりして、ぼおーっとメシを食う。酒飲みではないから、小一時間もかからず、メシを食い終えると、鍋はコンロに乗せて、後は、さっさと洗い物をする。これは、俺の担当だ。それが終わったら、ようやく寛ぎタイムということになる。寒くなると居間のこたつで食べるから、そこを台拭きで、さっと拭いて、お茶を置いた。
スパーァーと、タバコの煙を吐き出して、ぎゅっと揉み消した。どちらも、テレビはBGM代わりにしているだけだから、画面は、ほとんど見ていない。
「なあ、花月。」
「んーーー? 」
「もよおした。」
「はあ、さよか。」
ほな、やりまひょか、と、寝転んでいる花月が、手をひょろひょろと振る。起き上がろうとした花月を、こたつから、ちょっと引きずり出して、俺が跨ぐ。
「およ? こらまた珍しい。」
「たまに、ご奉仕させてもらう。」
「ちょ、待て。先に、ゴムとか取ってこんと。」
「用意した。」
「・・・・・なんかあったんか?・・・・・」
まあ、こういうことは珍しいので、旦那も、なとなく気付いたらしい。怒鳴られたら誰だって気分は悪い。報復するにしたって、すぐにではないし、俺が直接やるわけではない。怒鳴られるのも給料の内だが、たまに、ムカつくやつもある。そういう時は、これが、ストレス発散させるのが、手っ取り早い。
「ストレス発散。・・・・・めちゃめちゃにして・・・・花月。」
「うわっ、寒っっ。おまえ、台詞下手すぎて、凍るからやめ。」
「サービスしたったのに。まあ、ええわ。とりあえず、動くなよ。動いたら、縛る。」
「なんじゃ、それはっっ。どんなプレー、ご所望じゃっっ。」
「襲うネコプレー。」
「あるかぁーーーっっ、そんなんっっ。」
「わかった。先に縛る。」
「いや、縛るな。もう、ツッコミせぇーへんから、縛らんでくれ。」
お互い、寝間着代わりのスウェットだから、脱がせるのは楽なものだ。煌々と明かりのついた居間で、ごろりと転がった旦那を脱がしにかかるのは、それなりに興奮する。
「おい、こっちにケツ、向けてんか? 嫁。」
旦那のほうも、ノッてきた。こちらも、ゴムを着けようとして、ふと、そのキズに目が止まった。あまり、旦那の、そこいら辺りをしげしげと眺める機会というのは多くない。普段なら、旦那が、こっちの身体を、さんざんぱら弄り倒しているからだ。
・・・・・え?・・・・・・
多くはなくても、何度も見ている。だが、そこに、そんなキズは、見た記憶がない。ついでに、そのキズ、それほど浅いものではなさそうだった。もうちょっと、よく見ようとしたら、背後からの刺激で、飛び跳ねさせられた。
「水都さん、ぼちぼち、たのんまっす。」
「・・・・あっあほ・・・・ほんなら、動かす・・なや・・・・・」
「奉仕すんねんやろ? ほれ。」
「・・・ん・・・・やめや・・・・」
「はい、ほんなら、襲いネコプレー終了。」
ころんと、横に転がされて、旦那が上から覗きこむ。とても楽しそうに笑っていて、かなり余裕のあるのが、ムカつくところだ。こっちは、まだ、弄られているから、満足に睨み返せもしない。
「なかなかエロかった。」
「・・・うっさ・・・い・・・・んんっ・・・・」
「ほな、本番まいりましょうか? 」
「・・・はよ・・こいや・・・ぼけ・・・」
その時は、そちらに意識が向いていて、肝心なことを聞きそびれた。というか、完全に、忘れていた。平日は、あまり本気でやるとマズイので、大概は、一度か二度で終わる。たぶん、二度ではなかったと思うが、途中から、記憶がかなり怪しい。