おやすみ
暖かい空気、そして自分のものではないもうひとつ体に包まれながら、規則的な鼓動をとても近くに感じ、冷たかった足先もだんだんと温まってきていた。視界の暗さが、ゆるりとした眠気を誘い、まどろみのなかへ落ちる少し前、静かだった部屋にひっそりとした声が響いた。
「このまま死んじゃいたい」
「な、にいって」
「今死ねたらもうそれでいいや。多分そしてらずっとこのままでいられる気がする。このまんま。死んだらぷっつりそれで終わり、っていうんならそれはそれでいいし。ここでこうして終われるなら。」
「そんなの、」
「それにさ、俺が死んだら、きっと死んでくれるでしょ?」
再び部屋の中から音が消え去る。二人して黙りこくっていた。もう何もないのだ。言いたいことなど。伝えたいことなど。脳の中に溢れるあらゆる記憶や感情、言葉、それらをいくら検索しても、今使うべき行動の種類が見当たらずにただ戸惑っていた。
音の消え去ったこの空間では、時間の流れなど感じるすべもなかった。時計はデジタル表示のものしかなく、その無機質な数字はどこかに溶け込んでいる。なにもかもが止まってしまったかのような世界、しかし、ふたつの心臓だけが動いていた。
話を切り出した彼の暗闇に慣れ始めた眼が、今にも泣きだしそうな表情を見付けることはそう難しいことではなかった。
「そんな顔しないの。冗談だよ、冗談。まだ死なないよ」
髪を撫でて、抱き締めて、どうかお願い泣かないで、と名前を呼ぶその指と声は震えていた。
「…本当に?」
「だって、君に死なれちゃ困る、」
「それって矛盾してる」
「悪かったね、俺、我が儘なの」
「うん、知ってる」
お互いの鼓動を感じながら、もう少しこのままでいたいねと息を小さく吐くようにして笑った二人はゆっくりと目蓋を閉じて、暗闇に身を投げた。