小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

其処にキミは居ない【ムスタング】

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
其処にキミは居ない【ムスタング】



 スポットライトが眩しい。僕は目を細める。空気は長袖でも寒い季節なのにここは暑い位だ。
 手元の上質紙には既に暗記してしまった言葉が連なっている。暗幕を引いて薄暗くなった体育館の中で沢山の顔が此方を見ていた。あの多くの頭の中の幾つが居眠りをしているのだろうかなどとどうでも良いことを考える。
 僕は諦めて手元のスタンドマイクのonが光っていることを確認すると息を吸った。


「『思えば遠くへ来たものだ』」
 僕は集中する為に閉じていた目を開いてレンを見る。
「どう? あってた?」
 レンは難しい顔をして僕の方を見ている。
「詩はあってるんだけどよぉ……浩司のは気もちが籠って無い」
「無茶言うな! まだ覚えるだけで精一杯だよっ」
「でも言えただけで満足してるみたいなんだもん」
 そう言うレンに僕は詩の書かれた教科書を差し出す。
 放課後の教室には文化祭の準備をする生徒がまだ多く残っていた。その一角で僕はレンと出し物の練習をしている。出し物と言っても学年で決められているもので、2年生は各クラス一人ずつ詩の暗唱をすることになっていた。ちなみに暗唱をする人は公平にあみだくじで決められた。
 レンは手元の教科書をちらと見ると頬杖をついて窓の外へ目を向ける。
「『思えば遠くへ来たものだ』」
 はっきり言って見事だった。
「『思えば遠くへ来たものだ』」
始まりと同じ言葉で終わる詩の暗唱を終えて息をつくとレンは此方を向いた。
「どうだ」
「なんで覚えてるんだよ」
「あんだけ聞かされりゃ嫌でも覚えるよ」
 暗に自分は物覚えが悪いと言われたようで僕は頬を膨らませて机に顎を置いた。


「『思えば遠くへ来たものだ』」
 僕は手元の紙を見ること無く暗唱を終える。一歩下がって頭を下げると拍手が起こった。
 今ならレンの言葉の意味が少し分かる。僕も随分遠くへ来てしまった。
「見事だったわ」
 舞台袖へ下がると横で聞いていた担任が言葉を掛けて来る。この国語の女性教師は僕の暗唱を甚く気に入っていた。
 僕は等閑に返事をしながらちらと客席の方を見る。そこにはこれを聞くべき人がいない。
 できればやりたくなかったんだけどな、と僕はまたレンの世界のことを考えた。