浅い眠り
ふっと耳元で息を吹きかけただけなのにユウは身動ぎをしてレンを見た。
「なに…?」
その動きは寝起きの人特有のぼんやりとしたものであったが目は既に焦点が合い、通常時と変わらなく意識が覚醒していることを知らせた。
「やっぱり眠りは浅いんだな」
「それを確認するためだけに起こさないでくれないかな……」
外はまだ深夜と言っても良い暗さで、明かりの無い部屋の中も当然暗い。その中でレンの深い海のような目がユウを至近距離で見つめている。
「起こさないと確認できないだろ」
「僕は自分の眠りの深さなんて興味無いよ……」
「よく眠らないと疲れが取れないだろ。横になっててもつまんないだけだし、遊びに行こうぜ」
そういうレンはきっと一睡もしていないのだろう。既に人ならざる彼は眠りもそう必要としないのだと言っていた。だからと言って僕まで巻き込まないで欲しい、とまだ人であるユウは不満を口にする。
「夜光蝶の群れを見つけたんだよ。なっ?」
ユウはそれでもレンの誘惑には勝てずに起き上がり外に出る用意をする。
空では煌々と月が輝いていた。レンの濃い金の髪に光が映り輝く。こっちだとレンが手だけでユウを招き、ユウはそれに応える。
その泉は甘い匂いを放ち、夜だと云うのに俯いて咲く沢山の白いユリが悩ましげに揺れていた。その間を幾百もの光が漂う。
「初めて見た」
ユウが小さく呟くとレンが笑顔を返してきた。
特に隠れる必要も無いのだがレンもユウも近くの茂みから夜光蝶の群れを見守っている。燐粉が発光する為近くの蝶は羽の形まで分かったが少し離れるともうただの光にしか見えない。今この空間全てが何かのショーの演出の様だった。
ふと気付くと同じように夜光蝶を見に来たらしい生き物の気配がそこここからする。きっとすべてがすべて人ではないだろう。
ふと横を見るとレンが自分の膝に頭を預けて軽い寝息を立てていた。自分で呼んでおきながらこの様かとユウがレンの方に手を伸ばすと、レンはぱちりと目を開けてユウの漆黒の髪に触れる。触れた場所に一匹の夜光蝶が停まった。
レンはふわりと笑うと指を口に当てて音を立てずに唇を動かす。
「(不眠症の君に)」
別に不眠症な訳ではないんだけどな、と思いながらもユウはとろりとした眠気に身を任せた。
明日目覚めたら朝日の中に居るのだろう。