同じ
手にとってあてた先は自分の指。
ナイフを持った手を軽く引いただけで簡単に切れてしまったそこから、赤い液体が滲み出てきた。
やめろ、あまり流すと貧血になるから。部屋も汚れる。
煩わしい電波だ。わかってる。心配なんだろう。自分の「足」だから。
そう視線を向けると、帽子は沈黙した。
……わかってる。半分くらいは「家族」としての身を案じていることくらい。
いつからか立派に思いやりなんてものを持ってしまった、可哀想な実験生物。
お前が言うな。
そうだね、兄弟。この血も結局血ではない。実験生物め。
「……何やってんだよ」
ドアの開く音と、声と、ドアの隙間から外の光が部屋に差し込む。
「……血が、血じゃないクセに、赤いから」
自分でもよくわからない理由を述べて、入ってきた白衣の男を見る。
ぼさぼさの金髪が薄暗い部屋には眩しい。表情はよく見えないけど、常にぼやっとしてるから今もそんな顔だろう。
「よくわからん」
すたすたと迷い無く近寄ってくると、切れた指を掴んで口に含んだ。
舌先が傷口を拡げるように強くなぞる。
「……い、痛い……ってば」
「……」
「やめ……っ」
逃れようと腕を引いた。タイミングよく向こうも手を離したので、勢い余って床にしりもちをつく。
痛い。文句の一つでも言ってやろうかと正面を向けば、ごく近くに顔があった。
「味は同じだった」
やっぱり特に何も考えてなさそうな表情だった。
今度は逆の腕を掴まれる。持ったままのナイフ。
腕ごと自分の指まで持っていくと、躊躇いも無くするりと切ってみせた。
少し流れる電波が変わった。眉間を僅かに寄せて、躊躇わなかったくせに痛いんじゃないか。
自分で舐めてみせてから、ほれ、と指をこっちへ向ける。
舐め取られて肉しか見えない傷口から、またじわりとあふれ出す赤い液体。
そういえば血の味なんて確かめる気にもならなかった。
恐る恐る、さし出された指を咥える。
そっと啜ると、むわっと鉄の匂いが鼻の奥に回った。甘いようなしょっぱいような。
変な味ではないと思う。
口を離して自分の指を見る。弄られて拡がってしまった傷口。
滴っている液体を舐め取れば、広がるのは鉄の匂いと甘みと塩っぽさだった。
「同じだ」
「だろう」
頭をぽんぽんと軽く叩かれた。
「血を作り出す骨髄も少し改造されてるとはいえ、元が人間の骨髄の為、基本的な生成物質は同じである」
本を読むような口調で言いながら立ち上がる。
「赤血球、白血球、血小板あとほんの少しの脂肪分糖分無機塩類たんぱく質そして水」
離れた位置の棚を漁って、持ってきたのは絆創膏だった。
「赤いのは赤血球に含まれるヘモグロビンという鉄を含んだたんぱく質の所為で」
まず自分の指にそれを巻いてから、こっちにも同じように巻いてくれた。
「完全に機械である部分から流れる色の違うもの以外は、ヒトと同じ血液であると言っていい」
説明の最後に額を小突かれた。
「……」
「理解したか?」
「……全然覚えきれない」
「言うと思ったよ」
「血は同じなのは、理解した」
「ならいい」
あとは帽子にでも覚えさせておけ、と言ってまた立ち上がる。
血液の構成物質くらい覚えている。
帽子がそう言ったけど人間には何も聞こえない。
通訳してもよかったが、その前に開いたドアから漂ってくる匂いの方へ気を取られた。
「今日はシチューにしてみましたとさ」
「シチュー?」
「鍋に野菜ぶちこんで牛乳で煮る料理だよ。あまり嫌われない優良なやつだ」
「おいしそう」
「おいしいよ」
「デザートは?」
「余った牛乳で作ったプリン」
「牛乳プリン!」
スリッパをだるそうに鳴らしながら歩いていくその後を、帽子を持って追いかけていく。