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あまえた

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少し涼しい夜だった。ふう、と、肩の力を抜くように息を吐いて、だらだらと家路を辿る。あまりにも暑い日が続いたので、こういう夜は有難い。ちょうど、半月ぐらいの丸い月が、山の上にあって、それが少し雲にかかっている。日中に、雨が降ったから、そのせいでもあるのだろう。

 もう歩いている人間のない道は、静かで、とても気持ちが良い。

・・・・盆休みなかったから、そろそろ草臥れてるな、俺・・・・・

 サービス業なので、盆休みというものは、基本的にはない。旦那も、公務員だからないので、わざと、その時期に休みは取らないのが、いつものことだ。だが、どうしても家族がある人間は墓参りだとかの用事があるから、何日かは休みを取る。いつもより、ちょっと忙しくなるので、大抵が残業だ。

 この週末は、きっちりと休もうと思いつつ、歩いていたら、前から足音がした。ふと、前方に顔を向けたら、気楽な格好の俺の旦那がいた。

「おかえり。」

「なんや? コンビニか? 」

「いいや、ええ月夜やから、迎えがてらに散歩してたんや。」

「お疲れさん。」

「それは、俺の台詞ちゃうか? 」

「そうか? わざわざ、迎えに来てもろたんやから、俺が言うほうがええんちゃうか? 」

 二人して、距離を縮めて向かい合った。月夜だから、相手の顔が良く見える。風呂に入ったらしく、少し髪が濡れている、俺の旦那は、へらへらと笑っている。

「涼みがてらに散歩してただけや。礼を言われるほど、たいそうなこととちゃう。」

 くるりと、旦那は向きを変えて、俺と並んで歩き出す。そうでっか、と、俺も同じように歩き出す。しばらくして、並んでいて触れた手が、ゆっくりと沿うように延ばされて、俺の手を掴まえて握りこんだ。

「おい。」

「ええやないか。これがしたかったから、迎えに来たんや。・・・・お手手繋いで、みな、かえろーや。」

 調子っぱずれの歌を歌い、花月は、ふらふらと、その手を振っている。ええ年して往来でするこっちゃない、と、ツッコんだものの、俺も手を外すつもりはない。

 とても良い月夜なので、ふたりで一緒に、それを感じるというのは、とても楽しいことだ。ついでにいえば、こういうことをしたがる時の花月は、甘えたい気分であるらしい。いくつになっても、甘えたい気分というのはなくならない。いつもは、俺が甘えているが、たまに、花月も甘えたくなるらしい。身体を重ねるようなものではなくて、ちょっとした触れ合いをして、それが楽しいと思うような簡単な甘え方だ。

・・・・涼しなったから、人肌が恋しくなるんかなあー・・・・・

 ぶらぶらとハイツまで歩いて、前後になって階段を上った。その時も、手は繋がっていて、玄関を入ると手は離れた。

「おかえり。」

「ただいま。もう、ええんか? 」

「とりあえず、メシの支度せなあかんからな。」

「さよか、えらい呆気ない。」

「いや、メシ食ったら、ちょっとベタベタさせてもらう。ほんで、週末の予定なんてものを話し合おうやないか。」

「ああ、俺も、それ、考えとったんよ。」

 どかどかと廊下を進みつつ、俺は、ネクタイを外し、スーツを脱ぐ。それを花月が、ほいほいと取り上げている。

「涼しいとこへでも行こか? ほんで、たまには、ええメシでも食うぐらいでどうやろ?」

「ええんちゃうか? 」

 居間に辿り着いた途端に、ズボンとワイシャツも脱いで、パンツ一丁で、どかりと居間に座り込む。ぼおーっと一息ついたら、すかさず、軽いものが食卓に用意されて行くのが見えた。

「そこで寛いでんと、メシをちゃっちゃっと食え。」

「はいはい・・・え?・・・・うなぎ? 」

「うん、うなぎやけど、茶漬けやからさ。冷たい緑茶をかけて、わさびで食べ。」

 小ぶりのどんぶりの中身は、大葉と茗荷とうなぎが載っていた。そこに、わさびが、どかっとトッピングされて、ペットボトルの冷たいお茶をかけられる。さらさらと喉越しよく通っていくと、わさびが効いていて、さっぱりしていた。付け合せは、きゅうりともずくの酢の物で、これも、あんまり酸っぱくない。

 さらさらと十分とかからず、それを食べると、どんぶりを食卓に置いた。疲れているから軽いものだが、ちゃんと夏バテ用になっているのが、なんともいえない気遣いだ。

「ごっそさん、おおきに。」

「そらよかった。」

 食卓に、何気なく置いた俺の手に、俺の旦那は手を添わせる。どうやら、今日の甘え方は、手を繋ぎたいらしい。

「たまには、腕枕したろか? 」

「それ、ええな。ひとつ、頼むわ。」

「けど、本格的なんは、明後日まで待ってくれ。」

「おう、待たしてもらうで。」

 俺のする腕枕は、あまり本来の腕枕ではない。上手でないので、腕がしびれてしまうからだ。枕の下を通して、花月の頭は枕の上だ。それでも、それで満足ではあるらしく、花月は、ほっと息を吐く。女性のように柔らかい胸はないから硬いのだが、心音がはっきり聞こえて心地良い、と、言う。

 たまに、甘えられるのは悪くない。お互いがお互いに寄り添える相手だから、一方通行ではない証拠だと思う。

「とりあえず、風呂入れ。そうでないと、汗臭くてかなわん。」

「・・・・せやろな。俺、自分でも臭いもんな。」

 あはははは・・・と、添わせていた手を離して、ふたりして立ち上がる。そろそろ涼しい夏の夜。



作品名:あまえた 作家名:篠義