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環状線にまつわる10のはなし。

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1「ごくん、ごっくん。」




巧くいかなかったデッサンに意味はあるのか、と訊いたら努力しようという賜が心の中に生まれる、と 彼女は微笑んだ。そんなもっともらしいことを言った彼女は、ふふんと鼻を鳴らしながら自分の描きあげたデッサンを満足そうに眺めていた。正直、意味分かんねえよ、クソ野郎!なんて云ってやりたかったが、やめた。彼女は何も悪くない、八つ当たりは良くない。「上手だね、」上部だけのお世辞を云う為だけの口は、少し渇いていた。ちらり、とあたしを見た彼女の口元が、ニヤついているのが目につく。
「そんなことないよ、ほら ここの陰とか全然だめだし」
嬉しそうに話す彼女に若干、苛立ちを憶えながらあたしは、自分が描いた貧相なデッサンに目を移す。色彩だったらまだマシだったのに。自分のプライドが傷つかないようにと弱いあたしが言った。それに対抗するように皮肉屋のあたしが、言い訳ばかり並べて今日はどれにするの?と言う。もっともな意見だけど、今のあたしにはダメージが大きすぎて、

ガチョン。

心が得体の知れない大きな怪獣に心が破壊された気がする。あたしの毛の生えたハートは傷つきやすい。剛毛のくせに、何もも守れない、役たたず。

あたしは弱いあたしに傷をなめられながら、そっと呟く。「みんな消えちゃえ、」えっ、と驚いた顔をした彼女があたしを見た。自分の中だけで呟いた筈の言葉は、正直すぎる口が声に出していた。要領の悪い奴、あたしにそっくりだ。
「なんでもないよ、帰ろうか?」
寂しそうに背中を向けた弱いあたしにさよならを言う。塞がりかけていた傷が、まだほんの少しチクりと痛んだ。やっぱりまだなめてもらった方が、良かったのかなあ。

「お疲れさまでした、」
小さな箱のような部屋から出たあたしたちは、絵の具とか粘土とかの独特の臭いからうってかわって、一気に肌寒い空気に手を擦りあわせる。
「もう本当にとなりに居てくれて良かったよ」
だってまわりの人は皆上手だもんね、格が違う。遠回しにあたしは下手ってことか、本当のことだけど。
「あたしだって同じだよ?」
笑顔を張り付けただけの顔に彼女は気付いているのだろうか。美大に行くための画塾に通いはじめて、2度目のデッサン。右も左も分からないあたしにつきつけられた現実の壁は想像以上に重くてシビアなものだった。

「行けるのかなあ、美大」白い息を吐きながら口からでたのはそんなありきたりな悩みもどきで、隣の彼女はやっぱり満足げに前を向いているのが憎らしかった。
「まだまだこれからだよ、だってうちらまだ1年だし」
本当?だってあたしと違って、あなたはずっと地元の画塾に通っていたでしょう?あたしはまだ2回目なのに、言い訳を並べて咽喉まで出掛かった言葉は、



ごくん。



と弱虫な口が飲み込んだ。だって嫌われるのが怖い。あーあ。ばーか ばーか。弱虫なあたしと皮肉屋のあたしが、タッグを組んでた。ほらね、また言い訳。
「ばいばい、」
彼女が手を振って環状線に乗り込んだ。うん、ばいばい、また明日