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雨だれ

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ささめくむらさめさめざめしぐれ。

「雨彦くん。怒って。空に」
「こらっ」
「……やまねえなあ」
「当たり前だから」

お休みを合わせて骨董市に行こう。
と勇気りんりんに切り出したのが先週の中ほどで、俺はネットでテレビで新聞でご近所のおばさま情報で週間天気予報をくまなくチェックしたのだけれど、そのどれもが週末まで一直線にまっ赤だったのである。
みんなは知らないだろうけど、天気予報って存外あたるんだぜ。
しかし約束の時間よりだいぶん早くにアパートまで迎えにきてくれた雨彦くんは、ま新しいビニール傘を携えて、開口一番こう言った。

「すいません。これはちょっと本格的に俺のせいなのかもしれない」

伸ばしているのかと思っていたうしろ髪を先だってあっさりと切った雨彦くんだけれど、そのドンチョウのような前髪は健在である。
そして一方の俺はといえば、実は案外くるくるとよく変わる雨彦くんの表情を、ぶ厚いとばりの奥であろうともなんのその見通せるまでに適応していた。
かくして今朝の雨彦くんは、俺の倍くらい残念そうな顔をしていたのだった。

稲荷神社の駐車場で隔月にひらかれる小さな骨董市は、ちょっと雨風ふいたりするとすぐに引っ込んでしまう可愛いやつで、今日みたいに未明から降り続いていたりしようものならきっと賽銭箱の奥でプルプル震えているだろう。
稲荷神社の安易なイメージによりいたいけな子狐に擬態した骨董市たん。そうだよな。雨なんだもんしょうがねえよな。

「よし。まあ入りなよ、むさくるしいところですが」
「あ、うん。お邪魔します」

本棚からあふれた文庫本のタワーに乗ったラジオのスイッチを入れて、六畳一間の大半を占めているベッド兼ソファに雨彦くんをお通しする。
ちょっとぬるくなったポットのお湯でお茶を淹れていると、上のほうからかすかにピアノの音が聞こえてきた。ラジオのカリカリした音とは被らない、電子ピアノの丸っこい音。
鈴木さんだ。ショパンが好きで、ちょっと風変わりな鈴木さん。

「ショパンですね」
「お。わかるの」
「覚えちゃった。うちの店常にラジオついてるんで」
「ははあ、えねっちけーだな」
「そうそう」

風向きが変わって、ベランダに雨が吹き込んでくる。
セミダブルのベッドマットの端は窓にほとんど接していて、俺はそこから外を覗き込んだ。
たんたんとベランダの柵をたたく、つぶの大きい雨。灰白の冬の空。たんたんと聞こえるピアノの音。

「雪丸さん。そんな睨んでてもやみませんって」
「わかっているけどもー、だってー、こっとういちー」
「また二月に行きましょうよ。あ、その前に初詣がある」

ラジオは天気予報に切り替わり、前時代的な声の気象予報士が全国の空もようを読み上げる。関東甲信越地方は未明にかけて広く雪となる見込みです。

「……ねえ、俺さ、見込みって聞くとどうも煮込みうどんを連想しちゃうんだよ。ああ、ナベヤキ食いたい」
「そこなの? 雪って言ったよ、今。どうりで寒いと思った」
「雪かあ」
「雪ですよ」
「雨は夜更け過ぎに?」
「雪へと変わるかもしんないわけです」

お約束のやりとりをしたあと、雨彦くんはうなじにひやりとキスをしてきた。
暖房の効きの悪い、うす暗い六畳一間で、外は雨で、ラジオは淡々とした天気予報で、たんたんとショパンが聞こえてくる。

「俺たち、美少年じゃないのにこんなことしていいのかな……」

大真面目に言ったら雨彦くんは後ろでぶふっと吹き出して、少年ですらないですね、と付け加えた。
湿った冷たい手がヒートテックの下をくぐってきて、俺は窓に両手と額をくっつけて息をつく。氷みたいに冷たい。遠い故郷の、雪のにおいがする気がした。
今夜、骨董市たんは手袋を買いにいくのかもしれない。

作品名:雨だれ 作家名:むくお