小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

破壊と絶望と狂気とコーヒーとナイフ

INDEX|1ページ/1ページ|

 

「よう」

深いクレーターの淵に座り込み、この国にはもう無いはずのコーヒーを
すする男に向かって、彼女は声をかけた。

「やあ」

彼は笑って返事をした。クレーターには汚水がぎりぎりまで溜まっており、
悪臭が漂ってくる。彼はこの混乱の中で目立たぬよう、恐ろしく粗末で
ボロ同然の服を着ていたが、それでも目を見張るほど美しかった。
コーヒーなんてどこで手に入れたのか、などと彼女は聞かず、
彼からカップを奪い取ると一口飲んだ。

「ひどいことをするなあ。それは、僕が飲む最後のコーヒーなのに」
「なんだ、わかってるんじゃないか」

そう言って彼女はカップを彼に返す。彼女の腰からぶら下がっている
ナイフをちらりと見て、彼はまたクレーターに視線を戻した。


「負けるね、この戦争は」
「だろうねえ」


彼女は相づちを打った。後ろではもはやどうすればいいのか
わからなくなった兵士の集団が、うろたえながら彷徨っている。

「東の方はどうよ」
「あっちも駄目だね、こっちと同じ路線をたどってるよ」
「破壊と絶望と狂気かい?」
「その通り」
「いやだねえ」
「お前が巻き起こしたくせに」
「僕は教えてやっただけさ」

そう言って彼は、別の方向を眺めた。
あそこの地面の下では、追いつめられてにっちもさっちも行かなくなった
男がいて、その男は未だに彼にすがりついているはずだった。

「未来を知る事ほど恐ろしい事も無いのに、なんで教えてやるかね」
「生きている意味を知りたいからさ。考えても見たまえ、僕らは何故
存在しているのかを。未来を知り、過去を血に蓄え、永遠とも言える
長い時間を過ごす。何のためだ?」
「観察するためだろう」

彼女は遺伝子に書き込まれている情報を思い出しながら答えた。
その答えに彼が決して満足しないと知りつつ。

「誰のために?」
「いずれは来る人のためにだ」
「いつ来るんだい、そいつは?」
「お前、要するに飽きたんだろ」

彼は狂った笑い声を上げた。この都市を徘徊する屍肉漁りのカラスと
同じような声だ。

「そうだよ、僕は飽きたのさ!いずれ来る破滅のためにただ何もせずにいる事に!」
「だから自分で全部ぶち壊そうと?プログラムに反して」
「そうして君はここに来た、プログラムの命令通りに!」
「当たり前だ。もういい加減、終わらせるべきだろ。皆疲れた、私も疲れた、
楽しいのはお前だけなんだから」
「ああ、楽しいね!見たまえ、これが世界の崩壊して行く様だ!」

がらがらと音がして崩れるファザードを、彼女は数日前に見ていた。
何にも面白くなかった。彼女が好きなのは笑い声と歌と踊りと花で、
こんな汚い景色は好きではない。あちらこちらを彷徨い、やっとの事で
見つけ出した同族は狂っていたし。

「もういいだろ、十分楽しんだんだから」

腰からナイフを引き抜いて彼の心臓に目一杯突き立て、彼女は
そのまま彼をクレーターに突き落とした。
どぼん、と音がして水が跳ね、彼の体は一瞬浮かび上がったかの様に見えたが、
やがて細かい塵芥となって汚水の中へ消えてゆく。後はナイフだけが
水面に浮いていた。
彼女はため息をつき、置いてあったカップの中のコーヒーをすすった。
うっとりするような芳香とまろやかな甘みが口内ではじけて消えていく。




「なあ、そんなにぼーっとして何を考えているんだ」
「ちょうどいいところに来た。砂糖一つとミルク少量でコーヒーを入れてくれ」

男が文句を言うのを背中で聞きながら、彼女は新聞に目を落とした。
今日は、四月の二十九日である。