語れたもんじゃない
自分の平手と俺の拳を見比べて、目の前の男はさも嬉しそうに両の瞳を細めてみせる。この光景は何度目だろうか。
「 やったあ、俺の勝ち。 」
白いシーツは洗濯したのち間もない。昼間の匂いを幾らか残したそれは、俺たちふたりが寝そべることに於いて二重の意味で可笑しかった。
楽しくて美しいだけの恋がしたいのであれば、俺もこいつもきっとここにはいないだろう。全てを理解した上で尚こんな愚かしい行為を続けているというのだから、これはもう驚きというよりも諦めだ。
ちなみにこの場合、落胆の矛先は大の男が二人してお互いの脚を絡め合うというこの行為そのものではなく、今し方勝敗の決したそれに向けられる。勝負事には特別弱い方ではない。弱い方ではないのだが、相手の悪運(言い得て妙だ)が尋常ではなく強いため、自然と連戦に連敗を強いられるはめになっている。負けを知りたいなあ、などと能天気な台詞をのたまいながら、男は早くも俺の身体を跨ごうとしていた。
元々が本来の概念や目的用途に徹底して背を向けているような俺たちだから、言うなればこれはオマケのような行為だと言葉にせずとも承知していた。この歳になってまであられもない理想や吹っ飛んだ夢を抱いていたわけでもないから、幻滅も困惑も何もない。ただひとつ個人的な意見を述べるとするなら、自分の癖を未だに把握出来ていない俺としてはじゃんけんよりも阿弥陀くじの方が有り難かったりする。どうでもいいことだ。
いまいち身の入らない俺に男は何を言うでもなく、ただ笑いながらタイの結び目に手を掛けていた。どんな時でも表情を崩さず完璧なまでの八方美人を素でやってのけるこの恋人は、どうした訳かこんな状況下でも愉しそうで、やる気ないなあ、などと口を尖らせる割には関心の薄いかおをしている。
整った笑顔。興味を持ち始めたその当初こそ都合の好い口説き文句や社交辞令としての睦言に利用してきたこの顔立ちだが、今となっては不快どころか腹立たしいことこの上ない。俺は嫌いだ。
腹の上を忙しなく行き来する男の両手をぼんやりと眺めながらふと思い出した。今から思えばこれこそどうでもいいことだったのかもしれないが、少なくともこうしてお互いの身包みを剥ぎ合うことよりは意味があると勘違いでも思いたかった。
もう一度じゃんけんをしよう。
阿弥陀くじでもいいけど、と心の中で独りごちて訂正する。それでは締まりがないかもしれない。
提案に男は目を丸くして、今更泣き言なんて無しだと真顔で言った。俺の言わんとしていることが、もしかせずともばれている。そうでなければこいつはきっと幸せそうに笑い続けていただろうし、何よりその手を止めたりしない。
熱の篭もっていなかった指先が心なしか脈を打ち始め、欲の波が引いていく。
生憎俺はもう飽きた。
この男相手に楽しくて美しい色恋沙汰などそもそも期待出来るはずがない。
「 負けた方が勝った方に告白すること。 」
至極簡単なルールにぴたりと視線を重ならせたまま、失礼なほどに判り易く呆れてみせる。呆れるついでに照れてくれたり、そんな妄想はしていない。なにいってんの。なにいってんだろ。条件反射に熱が上がる。どうしたことか俺の分まで。
今にも泣き出しそうなその表情。ある程度予想はしていたものの、正直ここまでだとは思わなかった。
意味もなく膨れ上がった感情に促されるまま、硬直状態の身体を抱き込んだ。腕の中の瞳はもう笑っていない。俺だって笑ってなんかいない。五秒後我に返った目の前の男に殴り倒されることは視えている。
(それならばせめて今のうち、)
淡く染まった耳元に身を乗り出して囁いた。
理由はない。尊くも儚くも脆くもない。間違っても綺麗なんてことはないこのリアルを、俺は。
「 あいしてる。 」
五秒と待たずに殴られた。