お菓子
いつものように帰り道のスーパーで買い物をして、ふと、菓子売り場に並ぶオレンジのかぼちゃに目をやる。
・・・やっぱ、こういう時は、なんきんの煮物とかだよな? ・・・・
和風な料理が多い我が家では、かぼちゃのスープとか、かぼちゃコロッケだとかいう洋ものは、まず食べない。そうなると、やはり煮物ぐらいしか適用がないわけで、かぼちゃの四分の一を、買い物籠に放り込んだ。
・・・まてよ・・これ使えるんちゃうか?・・・
再度、菓子売り場を通り過ぎる時に思いついた。同居人は、甘いものが苦手で、ほとんど口にしない。たまに、団子とか饅頭とかいうものは口にするが、それだって、こちらが用意した時だけだ。
・・・てことはやな、あいつ、選択の余地がないんとちゃうか? ・・・・
選択したくとも、持ち合わせがなければ、悪戯しか選べないわけで、それは、もしかすると楽しいのではないだろうか。こういう誘い方もありだと思った。
・・・そうとなったら、ちゃっちゃっと、食事の準備して風呂沸かそう・・・・・
今は、それほど忙しい時期ではないので、帰りは早いはずだ。
かぼちゃの煮物と焼きさんまという秋のメニューを用意したら、同居人は、「あーうまそー」と、顔を綻ばせた。どちらも一人暮らしが長いので、料理はできるのだが、若干、同居人のほうが帰宅が遅いので、こちらが夕食の担当になっている。
「まあ、食え。風呂も入れる。」
「え? 風呂は俺の担当やのに・・・」
「早かったからな。たまのことや。」
本当は、疲れるのが、俺の嫁をしている同居人のほうだから、体力を温存させるべく、家事はやってしまった。
「すまんなあー洗濯は俺がするから。」
「いや、それも回した。おまえは、明日、ワイシャツのアイロンしてくれ。心配せんでも、掃除もしたるで。」
「・・・はあ?・・・なんかあったっけ? 」
「いや、たまにやがな、たまに。ははははは。」
不審そうな顔をして同居人は食卓についた。まだ週の初めだというのに、些か疲れた顔をしている。
「すまんなあ。・・・なんか、月曜日から疲れる用事ばっかりあってな・・・ちゃんとするから。」
「ええよ。まあ、とりあえず、今夜は早めに寝よ。」
「せやな。」
のんびりと、ふたりして食事する。あまり酒は嗜まないから、食事だけだ。テレビもつけない、ただ、外からの音が聞こえるだけの静かな空間だ。いつもは、ぽつりぽつりと本日の出来事について話すぐらいのことだが、場を和ませようというか誤魔化そうとして、いつもより俺は喋っていた。ちらりと、同居人は俺を見たが、何も言わずに食事を続けた。
風呂に入って、寝室に入ったら、同居人は、布団の上に転がっていた。
「さて、今日は、何の日かわかっとるか? 」
「あ? やっぱり、なんか記念日やったんか? 」
「ちゃうちゃう、さて、行こうか。『トリック オア トリート? 』 」
「はあ? 」
「今日は、かぼちゃの日や。ハロウィンや。悪戯かお菓子のどっちかを選択する日なんやっっ。お菓子がなかったら、悪戯するぞ。」
で、まあ、この場合、お菓子なんてものは、ないわけで、もれなく、悪戯に決定のばずだった。しかし、同居人は、がっくりと力尽きた後に、手を動かした。
「ああ、やっぱりか。・・・このどあほがっっ。ほれ。これでええんやろ? 」
同居人は、布団の下から、小袋のかっぱえびせんを取り出して、俺に投げつけた。
「うそぉぉぉ、なんで? おまえ、こんなん食わへんやんっっ。」
「おまえがやりそうなことはわかるっちゅーんじゃっっ。何が、『トリック オア トリート』じゃっっ。お菓子があったら、そんでええんやろ? こんでええな。」
同居人は大笑いして、布団に潜り込んだ。せっかく、たまには平日に・・と思ったのが、思い切りバレていたらしい。
「そんなにイヤなんか? 」
「明日も仕事やから、加減をしてくれ。」
「え? 」
「もう一回、言い直せ。」
「なんて? 」
「どあほっっ、『トリック アンド トリート?』 やったら両方オッケーやろうが。」
「ああ、そうかぁー。なーんや、世間の言葉通りに正直すぎたわ。」
「無茶すんなよ。こんな若い身空で、ドーナツ型クッションの世話になんかなりたないからなっっ、俺は。」
「もちろんろんろんろんろ・・へへー。しかし、なんで、かっぱえびせんなんや? 」
「おにぎりせんべいのほうがよかったか? おまえ、好きやろ? 」
「わざわざ用意せんでも、素直に悪戯されたらええんやろうが。」
「関西人としては、ちゃちゃはいれなあかんから。」
ムードも何もあったものではないが、それなりに楽しい我が家だと思った俺だった。
「ほな、トリックを。」
「はいはい、トリックでもトックリでも、好きにせぇ。」
「ほんま、ムードないわ、俺の嫁。」
「あるかぁぁぁっっ。」
乱暴に蹴りを繰り出されたものの、かわしてベッドへ飛び乗った。