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真昼の月

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コンビニからの帰り道。アスファルトの道を、月明かりが照らしている。両側には彼岸花が、怪しく咲いている。そんな道を、ぶらぶらと、コンビニの袋を振りながら歩いている。
 少し寒くて、けれど、それが心地よくて、つい立ち止まって、空を見上げた。綺麗な下弦の月が、ゆらゆらと柔らかな光を投げている。その姿は気持ちいいほどに、心に響くのだが、自分には相応しいものではない。
・・・・どっちかっていうと、真昼の月のほうが似合っとると思うな・・・・
 燦燦と降り注ぐお天とうさんの光に、「ほな、ちょっと、隅っこですんませんなあ。」 と、遠慮がちに浮かんでいる薄い姿の月というのが好きだ。夜の存在の象徴の癖に、ひょっこりと真昼に顔を出している。別に、真っ当なことをしていないわけではない。ちゃんと、働いて生活はしているし、保険も税金も、きっちりと納めている。
・・・でも、なんかなあー・・・たぶん、人としては、まずいとこがなあー・・・・
 ちょっと、そのことを思い浮かべて苦笑した。それを自分で悪いとは思わない。ただ一般常識という枠では、悪いことに該当しているという程度のことだ。
・・・別に一般常識なんて、どうでもええんやけどな・・・すとんと心が落ち着くんやから、俺としては、それでええんや・・・・
 そして、また歩き出したら、向こうから人影と足音が近づいてきた。
「あれ? 」
「おまえ、ビール買うて来たんか? 」
「ああ、せやで。ちょっと飲みたなってな。あ、心配せんでも三本あるから、めぐんだる。」
「あほ。」
 同居人は、少しむっとして、コンビニの袋から、ビールを一本取り出した。そして、袋を取り上げて、それを俺に差し出す。
「開けてみ。」
「え? ここで? 」
「ええから、開け。」
「まあ、ええけど。」

 ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅ

 大きな音と、激しい泡が吹き出した。
「うわぁっっ、なんで? 」
「あほやろ? そんなもん、振り回してたら、そうなるっちゅーんは、子供でも知っとるわ。・・・ほんま、おまえはあほやなあ。」
 大笑いして、同居人も一本のプルトップを引き上げる。同じような有様だが、ちゃんと身体から離していたから被害は無かった。噴出すのが収まってから、ごくりと、同居人は、一口、飲み干した。
「なんか言うことあるやろ? 」
 それから、同居人は苦笑して、こちらを睨む。
「・・・すんません・・・調子に乗りました・・・」
 仕事で疲れ果てて帰宅した同居人を、いきなり押し倒して、廊下で事に及んだのは、二時間前のことだ。どういうわけか、疲れていて気が立っていた俺は、少しばかり見境をなくしていたらしい。
「スーツ、クリーニングしてくれ。」
「弁償する。」
「・・・うん・・まあ、そのほうが有難いなあ。あれは、さすがに、なあ・・・・」
 滅茶苦茶になったスーツを思い出して、俺も苦笑する。相手が、女だったら、そんなことはしなかっただろう。やったとしたら、離婚騒ぎだ。だが、同居人は、事が終わった後、「嫌なことでもあったんか? 」 と、逆に心配してくれた。それが嬉しくて、なんだか、切なくて財布を持って、家を飛び出したのだ。同じように働いているから、同じ家に暮らしているから、それを察して殴りもせずに許してくれた。
「・・・ちょっと・・滅入ることがあった。」
 素直に口にしたら、「わかった。」 と、コンビニの袋を手にしたまま、くるりと向きを変えた。
「あのな、ごめん。・・・その・・・」
「おう、しばらくは、お触り禁止や。あれ以上やってたら、おまえ、俺の下の世話せなあかんかったで。」
 たぶん、傷つけた。でも、何も言わない。今だって歩くのも辛いだろうに、何事も無かったようにしてくれている。
 小走りに、前に出て、そこへしゃがみこんだ。
「おぶったるっっ。歩かんでくれ。」
「いや、そこまでせんでも・・・」
「いいや、俺の気が済まんっっ。」
「俺、自力で風呂入ってから出てきたんやで? 怪我してないとは言わへんけど・・・」
「だから、おぶされ。」
「もう気は済んだんか? なんなら、付き合うで。俺、明日は休めるから。」
「ごめん。甘えた。」
「わかっとる。おまえが甘えてええのは、俺だけやし、俺も逆のことするかもしれへん。だから、ええよ。」
 大変心優しい同居人は、そんなことを言った。そして、それから、俺の背中に力一杯の蹴りを見舞った。もちろん、俺は、アスファルトにひしゃげたのは、言うまでもない。その姿を見て、同居人は、馬鹿笑いをして歩き出した。
「これで、お相子や。帰るで。」
 ビールを飲みながら、月で照らされた道を歩いていく。この関係は一般常識にて当て嵌まらない。だが、あの同居人だから、ほっとする気分になる。別に夜の存在でもいい。だが、それを恥じるつもりはない。おおっぴらに、お天とうさんの横に並ぶのは難しくても、昼の空に浮かべるだけの覚悟はある。ただ想いが深かった相手が、同性だっただけのことだから。
 転がったまま、その後姿を眺めていたら、同居人が振り向いた。
「ええ加減に起きろ。」
「おまえ、今のは、ええ蹴りやったぞ。」
「おおきに。これでも、喧嘩慣れはしとるんでな。それなりのかわしかたは心得とるつもりや。・・・・せやから心配せんでもええ。」
「俺の嫁は最強や。」
「表で言うこっちゃないぞ、それ。」
 照れたように、また歩き出す。それに、起きあがって並んで歩いた。
「風邪ひきそうや。この涼しい季節に、ビールってか? つくづく、あほやな? 」
「うるさいな、たまたま、目についただけやっっ。」
 少し雫が零れる髪を、横目にして、「もう一度、風呂に入れ。」 とだけ注意した。
「おう、入らせてもらおうか。ほんで、おまえは、廊下の掃除な。」
「わかってる。」
「ついでに、俺の夜食も作れ。」
「玉丼でええか? それとも、玉うどんか? 」
「うどんがええな。土鍋で煮てな。」
「ああ、ねぎ一杯いれたるわ。」
 喧嘩したわけではないので、いつもの会話をして、その道を歩いた。すぐに、ハイツが目の前に見えて、誰もいないことを確認すると、抱きしめた。
「なんよ? 」
「おおきに。」
「ええんや、もう。嫁が男でよかったな? 体力あるから、どうにか壊れんで済んだ。」
「ああ、最高や、俺の嫁。大事にするから。」
「・・・・まあ、ええで。」
「・・うん・・・」
「俺を風邪で寝込ませたないんやったら、部屋に帰ってくれ。」
「ああ、すまん。とりあえず、玉うどんな。」
 また並んで歩き出す。ふわりと道端の彼岸花が風に揺れて、同居人がくしゃみをした。


作品名:真昼の月 作家名:篠義