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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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 もしかしたら悪い病気をもらったのかもしれない。
 髪の毛をかき上げながらおでこに手を当てる。
 あのときは言い知れぬ恐怖を感じたが、今は冷静にあのときのことを考えられる。
 黒猫のような動物に飛び掛られた。いや、今考えると黒猫よりもひと回りもふた回りも大きかったような気がする。
 ――黒豹の子供?
 そんなものが街中にいるはずがないと、笑いながら戒十は首を振った。
 玄関のチャイムが鳴った。
 1度目は無視をした。
 2度目も無視をした。
 しかし、3度目でうるささに耐えられなくなって、玄関のドアを怒りを込めて開けた。
 そのまま悪態でもつこうとしたが、きょとんと相手の顔を見上げてしまった。
「女?」
 と尋ねてしまったのは、相手が男だと思ったからだ。
 自分よりも10センチ以上背が高く、年齢も戒十よりも高そうだが、中性的なせいか20代っぽいが年齢不詳というぴったりくる。
「男だ」
 サングラスの下で形の良い口が澄んだ声を発した。この声音も中性的だ。
 全身を黒で包んだ男は、男性モデルではなく、女性モデルのようなスレンダーなボディをしていて、長く細い黒髪も女性のようなコシと艶がある。
 肌の質もきめ細かくて、女性のように瑞々しい。サングラスで瞳が見えないが、美形なのは高い鼻や他のパーツを見れば分かる。これで胸さえあれば女性だ。
 謎の男はブーツを脱いで勝手に家の中にあがった。
 戒十は手を出しはしたが、なぜか本気で止める気はしなかった。まるで相手の魔性に魅せられてしまったようだ。
 一直線の廊下をまっすぐにリビングに向かい、謎の男は部屋中のカーテンを閉めてサングラスを外した。
 真っ黒の瞳はどこまで深く、切れ長の目は鋭さを持ち、その形の良さはやはり他のパーツに比例している。
 戒十は謎の男に涼しい顔で眼差しだけを不審に向けた。
「あんた……母さんの新しい恋人……じゃないな」
 母は人から愛を注がれ求められ、追われるタイプだ。目の前の男もそんな印象を受けた。
「おまえに用があって尋ねた」
 戒十が瞬きをひとつした刹那、謎の男は戒十を唇が迫る距離に移動していた。
 動揺する戒十の首筋を男の指先がなぞる。
「噛まれているな」
「……だから?」
 戒十は喉から声を搾り出した。おびえではなく、緊張で声が震えてしまった。
「今さら噛まれた時間を聞いても手遅れだろうな……手遅れだ」
「手遅れってなんだよ!?」
「今からワクチンを打っても手遅れだと言うことだ。そのくらい察しろ、バカが」
 最期の言葉によって戒十の緊張が一気に解けた。ひとからバカにされることほど、戒十に屈辱を浴びせることはない。
「僕のどこかバカなんだ!」
「ガキはみんな頭が弱い」
 ガキ扱いされることも戒十のプライドを傷つけた。
「僕は周りのやつらと違ってガキじゃない」
「ませたガキも歳を重ねれば、あのときはまだまだガキだったと恥を知る。おまえはきっとそういうタイプだ」
「あんただって20代かそこらのガキだろ。人生を重ねた年寄りみたいなこと言って、だいだいおまえいくつなんだよ」
「知りたいか?」
 相手の息遣いが聴こえるほどに男の顔が戒十に近づいた。
 人を惑わす妙な艶っぽさを持っている。男とも女ともつかない色香が、戒十の熱を上げた。それに気づいたのか、男は艶然と唇を綻ばせた。
「心拍数が上がっているぞ?」
 隠したい真実を突かれたことに、戒十の体温は余計に熱を帯びてしまった。
「うるさい、離れろよ」
 男の胸板を押し飛ばし、戒十は壁際に後退りをした。
 汗がどっと出ていることに気づいた戒十は、できるだけ涼しげな顔をしようと努めた。
 男はそれを全て見透かしたように悪戯に笑い、ソファに足を組んで腰を掛けた。
「歳か……そうだな、おまえの10倍以上は生きている」
「……は?」
 嘘だろとは付け加えられなかった。
 冗談を真実だと納得させる雰囲気を男が持っていたのだ。実は宇宙人だと言われても、納得してしまうかもしれない。
 戒十は低いテーブルを囲んで男の向かいのソファに腰掛けた。
「あんたどこの誰で、僕になんの用があって来た?」
「名前はシンとでも読んでもらおう。おまえの名はなんだ?」
「僕の名前も知らないで僕に用があってきたのか? 三倉戒十[ミクラカイト]だよ」
「おまえが本当に噛まれたのかそれを確かめに来た。だから名前は重要ではなかった」
 あれに噛まれたことによって、やはりなにかの病気にかかったのだと戒十は確信を深めた。
「危険なウィルスに感染して、僕はこれから病院に隔離されたりするわけ?」
「おまえらの常識に照らし合わせれば現実的な回答だが、真実はもっと突拍子もない」
「ウィルスに感染して怪物に変身するとか……バカらしい」
「近いな」
 冗談を真実だと思わせる雰囲気。
 思わず戒十は顔を強張らせた。
「……バカらしい」
 吐き捨てる戒十の瞳を、シンの切れ長の眼が射抜いた。
「おまえが真実を受け止める気になったころにまた来る」
「おい、あんたなんなんだよ!」
「日が落ちた頃から気を引き締めないと、本当に病院に隔離されることになるぞ」
 そう言い残してシンは勝手に玄関から出て行った。
 玄関の閉まる音がするまで戒十は動かなかった。追って聞きたいことは山ほどあったが、今追ってもどうにもならないような気がした。シンがまた来るというのなら、それを待つしかなかった。