薔薇の葬列
3章 或る男の述懐
私はとある現場に立ち会った警察官である。
(とくん。とくん。とくん)
あの現場ですか。それはもうまるで屠殺場のような有り様でしたよ。血と真紅の薔薇の乱舞。私も何年も、この仕事をしていましたが、この時はさすがに吐くかと思いました。実際に吐いていた人もかなりいましたよ。ああいうのは、さすがに慣れる慣れないの問題じゃないみたいです。その上、普通は一生に何度も見れる現場じゃなかったのも確かです。それに、あの顔。彼の浮かべていた表情が未だに忘れられません。至福と言うか、法悦と言うか。なにしろ、とても幸せそうな表情でした。そして、凄絶な表情でした。幸せの絶頂と、絶望の絶頂に同時に立ってしまったらあんな表情になるのかもしれませんね。それも、自分の
腸に手を突っ込んで、そんな表情を浮かべているんですから。私なんか、夢の中にまで、その表情が出てきて閉口しました。ま、殺人鬼が選んだ最期としては、似合ったものではあると思います。
そうです、彼は殺人鬼だったんです。それも、かの有名な切り裂きジャックも顔負けの殺人鬼。貴方もご存じだと思いますが、最近、夜の街で少年少女の腹を切り裂いて殺す事件があったでしょう。その犯人が彼だったんですよ。彼の家の地下室には、放置された腐乱屍体が何体も転がっていましたよ。どうやら、彼は自分の価値観の中で、芸術
的に殺せたと思った屍体を持ちかえっていたみたいです。
え、信じられない。普通は、サドが実際に殺しに手を染めることは少ないと言いますが、残念ながら、彼はサドとは言い切れないと思います。彼の場合は、美しいものは美しい時間で終わらせたいと考えた結果みたいですけどね。それが、良いか悪いかは別ですし。もしかすると彼は、死と言うものを賛美していたのかもしれません。また死、それも残酷な死でしか美は完結できないと、彼は考えていたのかもしれません。彼はもう死んでしまったので、その辺のことは聞くことはできませんが……いったい、どう思いますか?解らない。そうでしょう。もちろん、私にも解りません。彼が何を考えていたのかなんてね。これでも、私は常識人を自負しているんですよ。そうです。私の友人のひとりなんて、この話を聞いて楽しそうだったんですから。それに比べれば、私なんてマトモもマトモ。
しかし、本当に困ったヤツですよね。自分の好みの被害者を見ると、被害者もヤツに殺されることを望んでいると思い込んでしまうんですから世話がない。被害者にとってはとんだ迷惑と言うものです。そういえば、いきすぎた片思いと、誰かが言ってましたね。言いみえて妙だと思いませんか。
ヤツが好んだ犠牲者というのは、所謂アンドロギュヌス系と言うんですかね。少女だったら凛々しい美少女。少年だったら女々しい美少年。かなり、節操なく聞こえますけど、本人曰くアンバランスなところが魅力なんだそうですよ。私にはそのような趣味は解りませんけどね。解ったところで、そういうことはしたくないですよ。
どうして、そんなことが解ったかって。実はヤツが書き残した手記があったんですよ。殺害記録日記ってヤツですかね。それも、手記だけではなく殺した相手の顔写真プロフィールから、殺害現場の写真まで克明に残していたんで
すから。もの凄いいれこみようですね、と知り合いが感心してましたけど。そういうもんですかね。
美しい刻で終わらせたい。
それが、彼の唯一のそして全ての望みでした。誰しも、一度は美しい刻で止まってほしいとは思う時があるかもしれません。しかし、それは叶わぬ幻想だと思い終わりを告げることになるものではないでしょうか。それでも、古来の人のなかには、美しい刻で止まることを願い実践した人もいます。例えば、エルジュベルトーバートリーなどが良い代表例でしょう。彼女は、若い女性の血により自らの若さを凍らすことを選んだのならば、彼にとって最適だと思われた手段は、殺すことによって美しい刻を凍らせることでした。
殺す手段も、殺す舞台も全て彼の美意識から選ばれたものだそうです。そうそう、どの屍体の写真にも薔薇がまき散らしてありました。よほど薔薇が好きだったらしいですね。殺しと薔薇とチゴイネルワイゼン。どうせ好きなら、薔薇とチゴイネルワイゼンだけにしておけば害はなかったのにと思いますけどね。そうでしょう。
何故、音楽をかけながら殺したかですか?本人の美意識かもしれないし、または元々音楽というものはトランス状態に持っていくのに良いそうらしいですよ。教会音楽なんて、その最たるものでしょう。確か、かのジル・ド・レイも、少年のが歌う聖歌を聞きながら美少年を殺したと昔どこかで読んだ覚えがありますよ。まぁ、私は試したいとは思いませんけど。
夢幻は夢幻であるが故に美しいのだ。と、彼は手記にこんなことを書いていましたが、彼自身もそれを実行していればこんなことにはならなかったのです。ただ空想するだけなら、別に害はありませんからね。実行するから、おかしくなるんですよ。
だからこそ、最後は死神にとっ捕まる羽目になったんでしょう。それも、酷くタチの悪い死神にね。え、彼は自殺じゃなかったのかって?別に、私は他殺と言った覚えはないんですけど。そう聞こえましたか。そういうつもりは、別になかったんですけどね。比喩ですよ、比喩。彼は真実彼自身の手によって、その息の根を止めていましたよ。これだけは断言できます。
え、ずいぷんと彼のことを理解をしながら否定しているように聞こえるだって?実は、途中から知り合いの受け売りなんですよ。受け売り。だから、私の口調も棒読みみたいでしょ。その知り合いにも、彼のような趣味があるんじゃないかって。どうでしょうね。アレの場合。少なくとも、そういう趣味は持ってなさそうですけどね.
最近は色々とうるさいんで、大きな声じゃ言えないんですが……ま、どう理屈を述べようとも、所詮はイカれたやつには違いませんけどね。困ったもんです込みの激しいヒトってやつは。
(とくん、とくん、とくん、と…くん…)
作品名:薔薇の葬列 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙