chacoal
男だった。ひどい、男だった。清介も、男だ。あの駄目な男は彼女がいるくせに、男の清介に暴力を振るった。暴行、と言った方がわかりやすいかもしれない。酔ってどうしようもなくなった清介のことを、抱いた。
どうして、なんて聞く暇はない。多分理由はなかった。彼女ともうまくいっているらしく、何の不足もないはずなのに。あのひどい男は何度となく清介を訪ねては手酷く扱って痛めつけた。
別に男が好きなわけではない。清介だってあの男だって、女が好きな人種だ。なのにわざわざ清介を選んだのは何故か。清介には拒めなかった。睨むようなまなざしで首筋にかぶりつく男をどうして止められただろう。初めの一回で既に清介はぼろぼろにされていたのだ。
血が出ると思うほど齧られた。抵抗すると爪を立て、ボタンを引きちぎるように服を脱がされた。快感、なんてものはなかったと思う。男の身体なんて触られれば反応するし射精もする。確かに感じるのは快感なのかもしれないが、それを気持ちいいなんて到底思えなかった。でも、世間はそうは見ないのを知っているから誰にも言えない。言えるはずがない。
あの時から清介の中にあった人としての尊厳は音を立てて崩れさった。なけなしの欠片さえも度重なる暴行で吹き飛ばされて今では更地だ。その隙間を埋めようとして手を伸ばした煙草さえ、あの男を彷彿とさせる。むしろそのために吸い始めたのかと思うくらいだ。
忘れなければ、思い出そうとできる。男の記憶を、事後に清介から離れて煙草を吸う手つきを、覚えていれば尊厳を失った自分に甘えないでいられる。奪われたことを忘れないから。恨みつらみとも呼べない平坦な心持ちではある。それでもあの男を忘れずにいれば、尊厳を持っていた頃の自分を忘れずにいられる。
だから清介はあの男の吸っていたセブンスターチャコールフィルターのボックスを、男の手つきを思い出しながら真似て肺の奥まで吸ってみる。