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ミカンとコタツのなか

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「冬はコタツにミカンだな」
 コタツにもぐり込んで、良太郎は元気よく話す(大概いつも元気だが)。
「まあな」
「出さねぇの?」
「鍋の準備をしてる時に邪魔だろ。あとだ、あと」

 俺は黙々と鍋の準備を進めている。良太郎には具材を切り分ける作業を手伝ってもらった。

「なー祐司。テレビのリモコン何処?」
「そこの棚の中段」
「あ、あった」
 そう言ってテレビのチャンネルを変え、自分の好きな番組を見ているようだ。そうしていると、普通のその辺にいる兄ちゃんだ。今も、こうして自宅で鍋に無理やり追い込まれ、つきあわされている元凶がこの男であることなどまったくわからない。


 事の始まりは昨日。
 コタツに入りながらビーズクッションにもたれ、テレビを見て寛いでいると携帯電話が鳴る。
「はい。岡です」
 着信で誰だかわかっているのに日頃の習慣とは恐ろしい、つい名乗ってしまう。
「おー、祐司」
 いつでも元気な良太郎の声が耳元で響く。
「ああ」
 ビールを飲みながらテレビを見ていたので、多少酩酊して頭がいい感じにぼーっとしている。
「テンション低いな」
「いつものことだろ」
「冬だからテンション上げてこうぜ」
「お前は年中そのテンションだけどな」
「へへ……まぁまぁ。あのよぉ、ミカン。実家から送って来たんだけどよ。俺んとこコタツないからさ、お前んち持ってっていいか?」
「はぁ?」
 突然意味のわからないことを言い出す良太郎に呆れた声を返す。

「祐司んとこには確かコタツあるよな」
「あるな」
 現に今、そのコタツに入って寛いでいる。
「だからな。持っていくから」
「何言ってんだ、お前は。訳がわからん」
「訳のわかるように説明するから、よく聞け」
「別に聞きたくないんだが……」
 にべもなく言い放つと、
「まぁ、聞けって」
 いつもの強引に言い寄ってくる口調に変わっている。
「なんだよ……」
「俺んちさ、彼女がコタツが嫌いだから置けないんだよ」
「そうなんだ」
 そんなの勝手に置きゃいいだろうに……とは言わないが。
「でよ、コタツがある祐司ん家に持っていってミカンの本懐を遂げさせてやろうと思うわけだ」
「なんだよ、ミカンの本懐って」
「ミカンはさ、コタツの上に置いて、コタツに入りながら食べるもんだ。それこそミカンもミカンとして生まれてきた意味もあろうというもの!」
「要はさ、良太郎の家にコタツがないのが問題で、家《うち》とは関係ないだろ」
「お前、そんな冷たいこと言うのかよ」
「別に冷たくもないと思うが……。いたって普通の反応」
「なんて友達甲斐のない奴だ」
 電話口なのに、いつものあの口を屁の字に曲げて我が儘を突き通す顔が思い浮かぶ。そして、その顔にいつも俺は敵わないのだ。

「で、家に来て、コタツに入って、ミカンを食えれば本望なのか?」
「おおよ。で、それだけじゃ、つまんなぇなと思ってよ、鍋でもしてぇなぁと思って」
「はぁ? 鍋?」
「そう。コタツにミカンに鍋! 冬のフルコースだぜ。宣雄と浩も呼ぶからよ、楽しく鍋しようぜ」
 まったく、コイツの友だち好きは俺にとっては迷惑この上ない。そのおかげで、良太郎は友人が多く、交友関係も広い。そして、それに巻き込まれる。

「おい。勝手に決めるな。しかも、始めのミカンの話とはズレてきてるだろ」
「にぎやかな方が楽しいって」
「それはお前の考えだろ。俺は静かな方が好きなんだよ……」
 そういうと、電話口に一瞬の静寂が訪れる。

「しゃあねぇなぁ、それじゃ、二人で鍋するか」
 何が仕方がないのか。俺は別に鍋をしたいとは一言も云っていない。しかも、お前だけで二人分のうるささだろ。ちっとも静かじゃないと思ったが、言うと更にうるさくなるのでやめた。
「鍋は決定事項か」
「鍋、ミカン、コタツ。フルコース! お前も鍋したくなってきたろ?」
「冬に鍋は確かに美味いけどな」
「だろ?」
 良太郎の満足げな声。


 そして、現在に至る。
 鍋に具材を入れ、蓋を閉める。
「この待ってる時間ってワクワクするよな」
 後は待つだけとなった鍋を前にして、「まぁな」と言った。
「ミカン食べようぜ」
「もう食べんのか? 鍋もうすぐだぞ」
「食前ミカン」
「ま、いいけど。ほら」
 良太郎が持ってきた段ボールごとに入ったミカンを取り出して渡してやる。
「サンキュ」
 受け取ってささっと皮を剥き、一口二口で食べてしまっている。
「中々甘いわ」
「そうか。だったらもっと味わって食えばいいのに」
「味わうから、もう一つ」
 と手を差し出す。
「もう、2、3個持ってろ」
 ザルに小分けして、良太郎の手元へ置く。
「ありがとな」
 そういって更に一個食べる良太郎。
「コタツでミカンにはなってるけど、鍋を食べる前にミカンで腹が膨れるぞ」
「大丈夫。大丈夫。別腹、別腹」
「結構食材買い込んだから、残るともったいないぞ」
「大丈夫だって」
 だいたい良太郎には何を言ってもムダなのだが、つい言わずにはいられない。

「そういえば、家にコタツ置けないとか言ってたけど、置けばいいだろ」
「だからさ、アヤがコタツ嫌いなんだって。カーペットでいいんだとさ」
「そういう気を使うのな、お前って。俺には気をつかわないくせに」
 そう言うと、さも心外だというような表情《かお》をする。
「はぁ? 確かに俺は気遣いの足りねぇトコもあるかもしれねぇけど、人の気持ちを無視してるわけじゃねぇぞ」
「―――そうか? 結構強引だと思うけど」
「お前、鍋、イヤだったんかよ」
「いや。ホントに嫌なら、断る」
「だろ? 俺、そういうトコの見る目だけは自信あるつもりだぜ」
 自分でわかってるんだな。と言おうとしてやめた。
 言いたいことを全部言う良太郎と、言おうとして言わない俺。絶妙にバランスは取れているのかもな。でなきゃ、腐れ縁とも言っていい関係は続いていない。

「俺さー、冬はコタツだと思うんだけどよ、しゃーねぇよな……」
「お前、こうやってコタツのある家を転々としてるんじゃないだろうな?」
「へ? まぁ、コタツが恋しいときにな。へへ」
 転がり込む家はたくさんあるであろう良太郎。基本的には自分の家以外の家に行くのを躊躇する俺。

「鍋、そろそろいいんじゃね?」
 そういうと、鍋蓋を取る。いい按配に出来上がっている。
「食べようぜ」
「ああ」

「その前に……」
 部屋の隅に置いてあったビール缶を二つ取り、俺に渡してくる。
「乾杯!」

 テレビの音声をBGMにして、何だかんだと言いながら男二人で鍋をつつく。
 いつもうるさい良太郎ばかり見ているが、二人だと、話題の弾む面白い男だ。
 イベント毎に何かと誘ってくるこの男にはある意味では感謝しないといけないのかもしれない。放っておいたらまったくイベント事に携わらない俺に、自分からは経験できない面白さを教えてくれているのだから。


作品名:ミカンとコタツのなか 作家名:志木