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誕生 あるいはMとFの死

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「……本当に、良いの?」
 そう、優しく問いかけたのはMだった。MはU86星雲、第八銀河系トットローク星人特有の、がっしりとした男らしい体つきをしていた。問いかけられたのは、同じトットローク星のF、こちらもトットローク星の女性らしい体つきで、今は恥じらいの様子を見せている。
「良いの」、と彼女は言った。
「良いの、私……Mとなら」
「Fさん……」
 二人はしっかりと抱き合い、お互いの背筋から突き出た幾本もの触手を伸ばして相手の頭に触れ、お互いに意思が同じであることを確認した。二人はまた少し離れ、MはFの赤黒くふくれた『麗しき』顔を、FはMの黒く平板な『凛々しい』顔を、互いに見つめあった。
 やがて静かに、Mは自分の身体を包んでいたらしい薄い、透明な膜のようなものを脱ぎ捨て、Fの肩に手を置いた。Fは少しためらったが、やがて決心した様子で、自分の頭部を引っ張った。それはトットローク星の女性が、自らを相手に委ねる覚悟を表明する仕草であり、同時に脱衣の仕草でもあった。トットローク星の女性は、心を決めた相手の前でだけ、この服を脱ぐ。つまり、彼女らは生まれてからこの方、風呂に入っていない。
 Fはそのまま頭皮を引っ張り、つるつると服を脱ぎ始めた。その服は油にまみれていて、ぬらぬらと光を反射していた。服を脱ぎ終わったFの表皮は、真っ赤な筋肉がそのまま見えるような透明さを持っており、よくよく見ると、血管の中で血が流れている様子も、観察することが出来た。Fは背中のも合わせると全部で一〇一本の触手と、八三本の脚を持っていたが、それらは今、期待と興奮、そして若干の不安とで、てんでばらばらにのた打ち回り、時折自分の本体でもあるFの胴体を鞭打っている。Fは大きな――林檎ほどもある大きな――一つの眼で、Mを見つめている。Mも、腹から突き出た数本の腕が、Fを求めるのを感じ、彼女を見つめた。Mの眼は体表を移動し、腹から伸びる腕の方へと滑っていく。彼の顔からは、視覚が失われた。これから始まる営みへの、準備であった。
 そして、それは唐突に始まった。
 Mの、目玉が消えた黒板のような顔が、ぐわりと変形し、両端が内側に丸まり、さながら一つの巻物の様相を呈した。そのままそれはうねり、スコップのような形に収まった。Fの方は、自分の一〇一本の触手で自分の顔のあちこちを外側に引っ張り、大きな目玉を更に大きく広げた。そして、八三本の脚の内六〇本を動員して、Mの腹から突き出た腕にからまり、そこに移動していたMの目玉を探り、一息に刺した。Mの目玉は腐った卵のような臭気を発しながら、どろどろとその触手を飲み込み、紫色の液体をだらだらと垂らした。Mは何とも嬉しそうに、背中の突起の間に出現した暗い穴から、歓喜の声を漏らした。目玉にFの触手が打ち込まれるたび、Mはこの声を上げ、身をよじった。と同時に、Mはスコップのようなその頭部で、Fの、大きく見開かれた目玉――それは深い緑色をしていた――をくりぬき始めた。Fはそのスコップが彼女の眼球を抉り出そうと揺れるたびに、甲高い声を上げた。その声も、喜びに満ちていた。
 二人の目玉からは、それぞれの体液が流れ出て、お互いの身体を濡らしていた。Mの黒い身体には紫色の、Fの赤い身体には蛍光黄色の体液がべちゃべちゃと痕を付け、二人はそのままお互いの身体を破壊しにかかった。
 まず、Mのスコップ状の頭が、Fの触手をぶつぶつと断ち切った。そこからも、黄色い体液がどぼっと流れ出した。Fは苦し紛れに、脚で突いていたMの目玉をぐちゃぐちゃにかき回した。そしてその目玉を完全に殺し、その中へと脚を滑りこませた。Mは苦悶する。お互いにお互いの血液にまみれ、お互いを呪うかのような一際甲高い叫びを上げた後、二人はついに果てた。――力が尽きたのである。
 こうして、MとFは一世一代の生殖行為を終えた。トットローク星に、また新たな生命が生まれるのである。
 やがて、Mのスコップで無残にも打ち砕かれたFの頭皮が、もぞもぞと動いた。それは始め、小さな粒の集まりのようであった。しかしそれらはすぐに結合し、一つの球体の形を成した。それは、母親の、眼球が失われた眼窩から這い出してきた。灰色の、だぶついた表皮を持った、トットローク星の胎児である。胎児には眼がなく、鼻もない。ただ、その大きな頭の八割を占める大きさの穴を持っているだけである。つまりはそれが口であった。胎児はずるんと母親の身体を抜け出で、母親に覆い被さるようにして倒れている父親の方へと這った。父親の腹から伸びた腕をやにわに掴み、自分の大きな口へと運んだ。それを咀嚼し、飲み下した時、胎児はようやく、赤ん坊になった。

 トットローク星の子供は、生後一年を、死んだ母親の体液と、死んだ父親の肉とを栄養源として、たった一人で過ごす。
作品名:誕生 あるいはMとFの死 作家名:tei